飛空挺は苦手だ。グラグラと無駄に揺れる、ユフィは口を押さえ階段を上った。
甲板に出て、風に当たれば大分気分がよくなる。ドアを開けると、そこにはヴィンセントがいた。
陰気、根暗というヴィンセントから連想される言葉をユフィは頭に並べた。暑い土地に行っても赤いマントを脱ごうとしない。
だいたい神羅屋敷の地下で眠ってたってところも有り得ない。
「・・・気分が悪いのか?」
甲板は広い。ヴィンセントはユフィに背を向けているのに、どうして存在が分かるのだとユフィは驚いた。
あんたの後頭部には目がついてるのか?疑問を並べていると、柵に手を置いて景色を眺めていたヴィンセントがユフィを見る。
長い髪は風になびいていた。
「風に当たりにきたのか?」
ヴィンセントが尋ねる。ユフィは一度頷いて、ゆっくり甲板の中程まで歩いた。

「あんたは」
「景色を見ている」
あっそ、とユフィは言っていつものように大の字で寝転がった。
頬を風が吹いて気持ちいい。流れる空を見るのも好きだ。
ただ、今空にあるのはでかいメテオ。それは世界に影を落とし、それと同時に人々の顔にも影を落とした。
心なしか、皆空を見ないようにしている。ユフィは小さく舌打ちをした。

「これをやる」
声が近くで聞こえて慌てて起き上がる。側にはヴィンセントが立っていて、ユフィの行動に首を傾げている。
掌にあったのはポーションだった。ユフィは奪うようにしてそれを取り、口に流し込んだ。
「気が利くじゃん」
口を拭い言うと、ヴィンセントはユフィを見つめて小さく笑った。
「何」
「いや、なんでもない。元気になったか」
うん、と頷いてユフィは空を仰いだ。ハイウィンドは速い。さすが栄光を極める神羅が作ったものだ。
ヴィンセントを見ると、彼は音もなくユフィの隣に座っていて、ユフィは少し距離をとった。
沈黙が訪れる。ヴィンセントは沈黙などどうでもいいようで、ぼんやりと景色を眺めていた。

ユフィにとって沈黙は嫌なものだった。こういった陰気な奴と一緒にいると気分が沈む。
何か話さなくてはと思い、口を開く。
「舌噛みそうな名前、何だったっけ」
ユフィの問いかけにヴィンセントは何も言わない。ただ景色を見るだけだ。
「女の人。あんたの罪?とか何とか言ってたやつ」
話はこれしか思いつかなかった。ヴィンセントは黙って、首を横に振る。
「なんだよー、いいじゃん、減るもんじゃないし」
ねー、とユフィが粘ると、ヴィンセントはゆっくりと口を開く。
「ルクレツィア」
「ル・・・クレ・・・」
「もういいだろう」
ユフィはいいじゃん、と呟いて
「綺麗な人?」
聞くと、ヴィンセントは頷く。今のヴィンセントはどこか遠い目をしているだろうとユフィは思った。

「美しい女性だ。聡明で、私の憧れだった」
ヴィンセントの声は、今まで聞いたことのないような、優しい声だった。
ユフィはふーん、と頷いてから
「・・・つまんない」
どうせおばちゃんじゃん、思ったけど口には出さなかった。
ルクレなんとか、って。ケーキみたいな名前。まだケーキの方が需要価値あったかもね。

「私は罪を贖うのだ」
「なにそれ」
ヴィンセントの言葉を聞き返す。ヴィンセントは小さくうなだれた。
「私は嘘をついた・・・また私の罪は増えた」
「ルクレなんとかに?」
「ルクレツィアだ・・・」
「あんたさ、それでいいの?」
ヴィンセントと目が合う。ユフィは眉をひそめて言った。

「何十年もあの棺桶のなかに入ってさ、意味分かんないけど悪夢とか見てたんでしょ。
最近会ったんだよね、ルクレなんとかに。何があったかは知らないけどさ、あんたまだ罪がうんたら言ってんの?」
「私の罪は終わらない」
「馬鹿じゃないの」
ユフィが立ち上がり、ヴィンセントを見下ろす。



「幸せになりなよ、ヴィンセント」



頭がグラグラする。ユフィは座って、膝に額をつけた。
何をやってるんだろう、私らしくない。
ヴィンセントはへたれるユフィを見つめてから、自嘲気味に笑った。
「ユフィのように生きられたならどれだけいいだろうな」
「どういう意味?脳天気って言いたいの?」
違う、とヴィンセントは言った。

「私にはないものを持っている」
「・・・おじさんとぴちぴちの若い女の子は違うの、当たり前じゃん」
「・・・それもそうだな」

乾いた笑い声が聞こえて、ユフィは顔を上げた。
突然顔をあげたユフィにおどろいたのか、ヴィンセントの顔がいつもの仏頂面に戻る。
「あんた・・・」
ユフィは言いかけて、何でもない、と大の字に寝転んだ。

嫌な汗が額に浮かんだ。話しすぎて疲れた。ユフィは浅い息を繰り返した。
こんなんだったら大人しく寝ておけば良かった。ここに吐いたら怒られるだろうな。
胸が苦しい。頭が痛い。

薄く目を開けた先に見える青空。今の気分と正反対で憎たらしくも思う。
その青空が曇った。頬に冷たい感触が触れる。
目を動かしヴィンセントを見ると、頬に手を当ててくれているようだった。

「この体でもいいことはある」
装備をつけたその手はひんやりと冷たかった。
ユフィは目を細めてから、ヴィンセントを見上げ笑って言った。
「セフィロスなんかに負けてらんない。世界のマテリア私のもの」

「ヴィンセント、あんたも幸せになるんだよ」

目線の先のヴィンセントの髪が揺れる。
髪と同じように、瞳も揺れたような気がした。
そしてヴィンセントは静かに微笑んで口を開く。

「ユフィ、君もな」

その微笑みは青空と重なって、ユフィの胸は不思議と高鳴った。
陰気って思ってごめん、心の中で小さく呟いて、ゆっくり目を閉じた。





2005/08/07 meri.










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