「クラウド」
名前を呼ばれて振り返る。
少し開かれたドアの向こうに、あの尻尾が見える。赤い炎を宿した、レッド]Vの尻尾だ。
「レッド]V?」
声をかけてみれば、ドアの隙間からにゅ、と顔を出す。
その行動が面白く、クラウドは笑ってドアを開けてやる。レッド]Vはありがとう、とお礼を言って部屋へと入ってきた。
「今、大丈夫?」
問いに頷く。どうしたのだろうか、表情が暗い。
「何かあったか?」
クラウドの問いに、躊躇する間があった。
尻尾を左右に、ゆらゆらと動かす。暖炉の炎と被って美しく思えた。
「・・・エアリスの」
そこで言葉をつまらせ、レッド]Vはクラウドを上目使いでちらりと見た。
クラウドを顔色をうかがっているのだ。
「どうした」
できるだけ平然を装って尋ねると、レッド]Vは何も言わずにドアへと駆け出し廊下へ出た。
それから数秒して、ずいずいと何かを鼻で押しながら部屋へと入る。

鼻の先にあったのは小さな箱だった。
薄汚れた箱だ。それをクラウドの足下に差し出し、小さく息を吐いた。
「中、見て」
お座りをして、その箱をじっと見つめるレッド]V。その表情はここからは見えない。
屈んで箱を取ってみる。それをテーブルへ置き、レッド]Vに尋ねた。
「これが何か――」
「いいから、見てよ」
時間稼ぎに尋ねた自分の言葉を遮って、レッド]Vが顔を伏せたまま言う。

そっと手を伸ばし、箱の蓋を取る。箱は木で出来ていた。
中には白い布でくるまれた何かが入っていた。ぽろん、と微かに音がした。
「・・・」
何かが頭の中で疼いた。両手で丁寧に取ってみる。また、微かに音がした。
布を取る。中から出てきたのは、小さなオルゴールだった。

「それ・・・エアリスの荷物から出てきたんだ・・・」
レッド]Vが続ける。
「見つけてから、ずっと持ってたんだ。渡す勇気がなくって・・・」
ごめん、とうなだれるレッド]Vに首を振る。お前のせいじゃないよ、と言うと、顔を上げて続けた。
「これ、クラウドのあげたやつだよね・・・あの日・・・エアリスに」
ああ、クラウドは微かに声を零した。
覚えてる。あの日は雪の降る夜だった。

買い出しに出かけ、夜道に見つけたオルゴールだ。
人形が手を取り合う、可愛らしいオルゴール。一人の人物が頭に浮かんだ。
持って帰るの?と尋ねるレッド]Vに頷いて、これはレッド]Vが拾ったことにしてくれと頼んだ。
そうだ、これをエアリスに渡した。
本当は、エアリスの反応を期待していなかった。もしかしたら、眉をひそめて捨ててしまうかもしれないと思っていた。
だが、薄汚れ、ガラスにひびの入ったがらくたをエアリスは嬉しそうに受け取った。
両手で包み込むようにして受け取るエアリスを一瞥して、俺は部屋へ入った。

ドアのノックを無視した。エアリスの言葉が微かに聞こえた。
寝てるの?と言ってから、躊躇するような間があった。
ありがとう、彼女は言った。ドアの向こうで、微かに呟いた。

「・・・こんなガラクタ・・・」
息が詰まる。布に包み、箱に入れて大事に取っていてくれたのか。
ひびの入ったガラスも綺麗に磨かれていて、オルゴールの部分とネジの部分には、ちゃんと油が差してあった。
「・・・持っていても・・・しょうがないだろうに・・・」
かちりとネジを回してみる。
ガラスの中の男女が周り出す。曲は悲しげなワルツだった。
箱を見てみると、底に紙切れが入っていた。
拾って見ると、何か小さく書かれている。

『12.31 クラウドからの贈り物』

小さく書かれたエアリスの文字。
それを指でなぞってみる。同時に目頭が熱くなり、紙を箱に戻す。
止まっていた時間が動き出す。ワルツの音楽に合わせて、記憶の中の笑顔が回り出す。
オルゴールを持つ。ガラスのなかの人形はワルツを踊り、この中ではあの頃と同じ時が流れているのだ。
このネジが壊れない限り、彼等はここであの時を過ごせる。
このガラスが割れない限り、彼等は永遠に側にいられる。

ワルツに合わせて踊る彼等。エアリスはこれを見て、どんなことを思ったのだろうか。
もう、あの頃には戻れない。
あの時確かにあった君の未来。あの時確かにあった、君の笑顔。
だが君は還ってしまった。君は思い出の中の住人となり、俺はここに置き去りだ。

止まるときも、壊れる時も一緒の人形。俺達も、こんな存在でいられたらよかった。
だが、もう遅い。俺達のネジは、あの時、壊れてしまった。
君に初めて手を上げたあの時、君を追いかけることのできなかったあの時、君を失った、あの都で。



「・・・ありがとう、レッド]V」
クラウドがレッド]Vに微笑む。
その笑顔は悲しげで、レッド]Vの胸は痛んだ。
「エアリス、クラウドのこと好きだったんだね」
「・・・そうかな」
「そうだよ」
必死になって言うレッド]Vが面白いのか、あるいは別の何かが面白かったのか
クラウドは今までに見せたことのないような笑顔を見せた。

レッド]Vと暫く目を合わせ、それからオルゴールへと視線を移す。
ホール型のガラスをそっと撫でた。クラウドの心には、今何が渦巻いているのだろう。
レッド]Vはぼんやりと思ったが、クラウドの優しく、柔らかな視線が全てを物語っていた。

「そうだといいな」

オルゴールの音が儚く消える。
それはまるで彼女のよう。儚く消えた、小さなワルツ。















2005/12/28 meri.
















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