※注意!※
この小説は、古代種の神殿のあと、一人旅立つエアリスを書いたものです。
エアリスの心境を考えそれを表すと、とてもどろどろとした話になってしまいました。
苦手という方はご遠慮ください。
暗いですが、最後はエアクラ?な感じで終わります。
大丈夫な方はそのままスクロールしてください






















薄暗いランプの元、エアリスはベッドに腰掛けていた。
顔は腫れていて、触ると痛みが走る。きっと明日には痣になり、わたしの顔に烙印を押すだろう。
『なんの?』
声が聞こえ、エアリスは顔を上げた。目の前の鏡台に映る自分がゆっくりと足を組み、膝にひじをついて嗤っている。
『烙印?何の?彼を止められなかったから?お願いだから罪の烙印なんて臭いこと言わないでよね』
声を上げて笑う姿は、神羅にいるキャハハと笑う女と似ていた。
エアリスは眉を寄せ「黙ってよ」と言ったが、女はふん、と鼻を鳴らして手を横に振った。

エアリスはベッドにおいていたバッグと武器を掴んだ。
鏡の自分が億劫そうに立ち上がり、ゆっくりと鏡に近づいた。
『あんたはさ、行ってどうするつもりなの』
「みんなの力になりたいの。クラウドは自分と戦っているんだもの、わたしも戦わなくちゃ」
『まるで聖女ね。ばっかみたい』
女はわたしの顔を見て手を叩いて笑った。
『あんたはいつも笑ってて、命を大事にして、しかも好きなものはお花ときたもんだ!』
まるで芝居のように、女は体をくねらせ、声に抑揚をつけて話した。
「聖女なんかじゃないわ」
『確かに聖女じゃない。聖女になりきれないバカで最低の女よ』
女が鏡を叩くと、こつこつと音がした。向こうのわたしは何がそんなに楽しいのか、腫れあがった顔で笑っていた。
『あいつらの前ではいつも笑顔で、だけど一人のときに泣いているんだもの。――仲間?白々しい。仲間だと思っているんだったら、腹を割って何でも話せばいいじゃない。
わたしは不安で不安でしかたがないです。誰かに助けて欲しいです。腕に抱いて一緒に寝てください、ってね。いえないのはなぜ?いい人と思われたいからよ』

動けず言い返さないエアリスを見て満足したのか、女は体を反転して再度ベッドに腰を下ろした。
桃色のワンピースから白い太ももを覗かせ足を組む姿は官能的だった。
女は結われた髪を梳くと、首を振ってから前髪を掻きあげ、挑戦的な瞳でエアリスを見据えた。
場末の風俗店に雇われた女のようだ。鏡台の上にある櫛を鏡に投げつけると、女は身を引いて驚く素振りを見せた。
「あんたに何が分かるっていうのよ」
『分かるに決まってるじゃない。だって私はあんただもの。小さいときから毎日顔を見合わせているのよ。今のあんたの気持ちもよく分かる』
床に落ちた櫛を拾い上げ、ゆるゆると髪を梳きながら、女は細く長い指で小さな円を描いた。
『一人で行くのは怖いでしょう?結末は分かってる』
エアリスはたまらなくなって、鏡を武器で叩き割った。女の小さな悲鳴が上がったが、次には背後から笑い声が聞こえた。
ベッドに置かれた手鏡を覗き込むと、女は顔をしかめてエアリスを睨みつけていた。
『図星だからって叩き割らないでよ、鏡がもったいない』
これだから女は嫌なのよ、といいながら、女は鏡のふちを一瞥して大きく溜息をついた。
辺りを見渡し、眉を寄せてから狭い!と声をあげると、今度はエアリスを見て首をかしげ可愛げに笑う。
『あんたが何故いい人って思われたいか、わかる?』
見下ろす女は、ゆっくりと言い聞かせるように続けた。
『嫌われたくないのよ。昔から友達がいなかったから、嫌われたくないの。だってあいつらに嫌われたら、あんたは友達のいない一人ぼっちになってしまうからね。
育ての母と、黒ずくめの神羅の犬だけがあんたと話をしてくれる存在になってしまう。だから嫌われたくないのよ。
穢れも何も知らない聖女でいたいの。なぜ?あんたがいなくなったとき、みんなからいつも笑顔でエアリスはいい人だった、って言われたいからよ』
エアリスが手鏡を掴み振り上げると、女は『最後まで聞いてよ』と言った。

『あんたが死んだら、クラウドは別の女のものになるわ。最初はあんたを忘れられないかもしれない。けど、時間が経ったら忘れるわ』
「それでいいわ。幸せになれば――」
『本当にそう思ってる?』
エアリスは唇を噛み締めた。
『だって、忘れられるのよ?あんた、それでいいの?好きな男が自分を忘れて……そうね、ティファと一緒になるのが自然だわ。
あんたは指をくわえて見ているだけしかできないの。二人が幸せな家庭を築いていくのを見ているだけしかできないのよ』
エアリスの胸は震えた。手が震えているのを気づかれると女は余計調子づくことは分かっていたが、震えは収まらない。
頬が熱くなっていくのが分かる。それは殴られたせいだろうか?

女は勝利に満ち溢れた声で言う。
『あんたがクラウドからもらったものは、冷たい言葉と殴られた痛みだけ』

ええ、そうよ。
彼は一度もわたしに微笑みかけてくれたことはなかったわ。
労わりの言葉も、手を伸ばしてくれたことも、一度もなかったわ。
彼が表情を変えるのは、太陽がまぶしくて目を細めるときや、煙が目にしみて涙をながすという、人間として基本的な反応のときだけだった。
わたしはクラウドが好きなのに、彼はわたしのことを好きどころか煙たがっていたようだった。
しかも最後に貰ったのはあの筋肉質な腕から繰り出される痛みだけ。
わたしの顔は真っ赤に晴れ上がって、おあいにくさま、あんたも真っ赤よ。

『ねえ、一人でいくのは嫌よね?』
鏡にいるはずなのに、肩を抱かれるような錯覚を覚える。
ありえないはずなのに、わたしの肩に手を回しているのが分かる。温度が伝わる。
『人魚姫みたいにすればいいの。眠れる王子様を一突きよ』
振り上げていた鏡を見ると、そこには涙を溜めた女の顔があった。


厨房はカビの匂いがした。
ランプを持つ手は震えていない。梁にはコウモリがぶら下がっていて、エアリスの姿をじっと見下ろしている。
『その包丁がいい』
コウモリが指す鋭利な刃先の包丁を手に持ち、エアリスは厨房から出て行った。

クラウドの部屋に向かう途中、誰にも会わなかった。宿はしんと静まり返り、時折遠くから犬の遠吠えが聞こえる。
節約のためか、廊下の電気は消されていた。壁掛けの鏡から『今の雰囲気にぴったりね』と声が聞こえた。
小さな音を立てて、扉はゆっくりと開いた。ベッドの上にクラウドはいた。
額に汗をかき、うなされているようだった。そっと扉をしめて近寄ると、ランプに照らされたクラウドの髪は銀色に色を変えた。
『ほら、喉を一突き』
鏡台から声が聞こえ、台にランプを置いて両手で包丁の柄を握り締める。
クラウドの白い喉に刃先を突きたて、エアリスは瞼を閉じた。
手に力を入れて、刃先を押し込むだけでいい。次の瞬間には彼の首筋から真っ赤な血が流れ出る。
だいじょぶ、きっと声すら出ないわ。穴の空いた喉からは、風の出入りする音しかでないはず。

運命を受け入れたわけではなかった。
クラウドに出会うまでのわたしは、陽の当たらぬスラム街に暮らす女で、外の世界をしらなかった。
いつ実験体として神羅に連れていかれるか分からないわたしに、クラウドは世界を見せてくれた。
いつか恩返しできたらと常日頃思っていた。だからといって、素直にこの運命を受け入れられるはずがなかった。
わたしの結末を知らされたとき、ひどく冷静にそれを聞くことができた。錯乱するとか、そういうことはなかった。
だが、夜が更けて朝がきたとき、わたしは言いようのない不安と恐怖にかられ、隣りのベッドで眠るティファとユフィを見ているとわけもなく涙が溢れた。
枕に顔を押し付け泣き、シャワーを浴びながら泣き、おはよう、と笑顔で挨拶をして顔を洗いながら泣いた。
なぜわたしでなくてはいけないのかと理不尽な運命を呪っては、わたしと同年齢くらいの女性を街中で見ると、妬ましさと羨ましさが入り混じった目で見た。
ただ古代種というだけで実験体という物として扱われ、母を亡くし、人々から白い目で見られ、その挙句わたしは死ぬというのか。
神様がいるとすれば、どうしてわたしはこうなるのだろう。わたしでなくてはいけない何があるんだろう。

だけど、わたしがいかないとこの星がだめになってしまう。
もう、星なんてどうだっていいじゃないか、と言うわたしがいれば、あなたのお母さんも死んでしまうのよと諭すわたしもいた。
毎晩声を殺して泣きながら、わたしは考えた。泣いて泣いて頭を空っぽにして考えた。
答えは一つだった。星を救いたいなんて、そんな大きなことは言わない。わたしの母親を助けたいと強く思った。

世界の全てを愛したいと呟いた。嘘は喉を締め付けたが、わたしは綺麗事を並べた。
たくさん明日の話をした。いつその日が来るか分からないから明日は怖かったが、希望に溢れる未来の話をするとわたしもそこに行けるんじゃないかと思った。
運命と戦うなんて、そんなこと思っていなかった。ただ、口に出すと本当になるような気がした。
一人でいきたくない。わたしはそんなに強くない。聖女なんかじゃない。わたしは生きたいと願う、たった一人の人間なんだ。

ねえ、クラウド。
あなたの未来にわたしはいないじゃない。
あなたの世界にわたしはいないじゃない。
忘れられるのは怖い。あなたが幸せになるのは怨めしい。そんな醜い女にはなりたくないの。

足を肩幅に開こうと動かしたとき、足先に何かが当たった。
何かの拍子に落ちたのだろうか。それがベッドの下に転がっていくとき、微かな音がした。
懐かしい音楽だった。耳をそばだてないと聞こえないほど、小さな音だった。オルゴールの音色だ。
包丁を持っていたエアリスの手が震えだした。
最初は小さな震えだったが、次には大きな震えと変わり、ふらついた足取りでベッドから遠ざかり、手に持っていた包丁が床に突き刺さった。

目の前に広がるゴンドラから見た景色。
手を伸ばせば届きそうなところで、チョコボレースをしている。
窓から身を乗り出せば、まるで水が湧き出るように色とりどりの風船たちが浮き上がる。
顔が花火の色に染まる。青い花火だったら青に。クラウドの瞳の色に染まる。
二人でお芝居だってした。
彼は勇者さま。わたしは……小さな頃夢に見たお姫様。
そのとき、彼は恥ずかしげに頬を染めていたわ。わたしの手にキスだってくれた。
そして、彼はわたしに笑いかけてくれた。そうよ、笑いかけてくれた。
恥ずかしそうに、照れ笑いをしたわ。いつも仏頂面の彼が笑ったのよ。わたしに合わせて、劇を演じてくれたのよ。

「どうして……わたし……」
どうして忘れていたのだろう?どうして彼の笑顔を忘れていたのだろう?
顔を両手の平で覆うと、指の隙間から涙が溢れ出た。
ゴールドソーサーの音楽がぷつりと消えた。二人で選んだオルゴールだった。
記念に、とわたしが笑いかけても、クラウドは笑ってくれなかった。目を合わさず、金が勿体無いと文句を言いながら買ってくれた。
捨てたと思ったのに。クラウドはとても嫌そうな顔をしていたから、捨てたと思っていたのに。

『ちょっと、どうちゃったのよ』
突然うずくまり泣き始めたエアリスに、鏡から声がかかる。
鏡の中の女は、涙を流しながら不満の声を上げる。
その声を聞いて、エアリスは立ち上がった。床に突き刺さったままの包丁を引き抜き、扉を開けて出て行った。

『ねえ、行くつもりなの?一人で?』
自室で身支度を始めるエアリスに、手鏡から声が上げる。
床に散らばった鏡の破片にも、いくつもの顔が浮かび上がって口々に非難を浴びせた。
「一人で行くわ」
エアリスの言葉に、先ほどまでうるさかった声がぴたりと止んだ。
肩にバッグをかけて、手鏡を覗く。そこにいる自分は、不満げに口を尖らせていた。
「人魚姫は、泡になるのが決まっているからよ」
『ふうん』
女は目を伏せて言った。
手鏡をバッグの中にしまい、部屋を出るとやはり真っ暗の廊下が待っていた。
持っているランプで道を照らしながら歩くと、壁掛けの鏡から声がかかる。

『ちょっと待って、私も行くわ』
ランプで鏡を照らすと、女はいそいそと身の回りの準備を始めていた。
『人魚姫は泡になるのが決まってる、か。確かにお話は変えたらだめね』
「……ついてこないでよ」
『あんたと一緒に世界を見てきたんだもの、最後まで一緒よ。はい、準備できた。行きましょ、一緒に』
女は少女のような笑みを浮かべて、すらりとした腕を伸ばした。
エアリスも手を伸ばし、その手を受け取る。指先に暖かな手が触れた。
鏡には、一人の女しか映っていない。
女の瞳には、確固たる意思の炎が燃え上がっていた。

昔見た絵本。それは人魚姫のお話。
なぜ、彼女は王子様を殺さず泡になったのだろう。姉たちの言葉に逆らい、たった一人泡になったのだろう。
幼い頃、わたしは理解できなかった。愛はここまで偉大なのだろうか。愛があるからこそ、道連れにしたいと思うのではないか。
だが、今分かったような気がする。
死に向かうとき、愛しさゆえに相手を道連れにするのが愛と言うのなら、彼との思い出を胸に泡になるのも愛だろう。
きっと彼女は、王子との思い出があったから泡になれたのだ。



そしてわたしも、彼との思い出を道連れに泡になる。








2007.01.25 meri.



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