彼女とはいつだって会えた。
世間から隔離された社内の奥深くに親子はいた。
彼女の憎まれ口を聞きに私はいつもそこに足を運んだ。

碧色の大きな瞳を縁取る長いまつげに、子供らしいふっくらとした頬はいつも赤く色づき、私を見ると不愉快な気持ちを前面に押し出す。
少女はそんな人物だった。人見知りをするタイプなのか、初めて会ったときは母親の影に隠れていた。
だが、日が経つにつれて少女は好き勝手物を言う人間となった。
「ツォン、あなたは寂しくないの」
ある日、彼女は言った。
幼い彼女から発せられた言葉に、私は僅かながら驚いた。そのときの彼女の瞳ときたら、大人顔負けの力強い瞳をしていたからだ。
それは母親に通ずるものがあった。
「寂しくない」
「うそよ」
「なぜそう思う」
私の言葉に即座に答えた彼女だったが、質問には答えなかった。
小難しい顔をして、顎に手をあて考えていたが言葉にはならなかったようだ。
その考えている顔が、背伸びしている子供そのもので思わず噴出してしまった。
すると、彼女は顔を真っ赤にして怒るのだ。人から馬鹿にされたり、笑われるのが人一倍嫌いな娘だった。
「なによ!なにがおかしいの!」
「いや、別に……ああ、面白い」
腹をかかえて笑う私に、彼女はより一層顔を真っ赤にして怒った。
理由を教えなさいよとか、ツォンなんか大嫌いとか、次の彼女の発言を当てられるくらい、言うことは決まっていた。

彼女と話すことは私にとって、いい暇つぶしであった。
ある意味、ストレスの捌け口であったのかもしれない。
彼女の前では鎧を解くことができた。
だが、ある日忽然と彼女は私の前から姿を消した。母と共に脱走を企てた彼女は、逃亡の途中母を亡くしスラム街で暮らしていた。
彼女と再会したのは、数年後のことだった。子供の成長は早く、暫く見ない間に背はぐんと伸びていた。
「わたし、古代種じゃないもん!」
物言いも、強気な態度も、全て変わっていなかった。当たり前といわれそうなことだが、私はほっとした。
彼女が変わっていたらどうしようかと、心のどこかで恐れていたからだった。そんな自分に気づいたのは、彼女が少女から女へと成長したときだった。

私は彼女を特別視している。
一度は否定した私だったが、考えてみれば全て辻褄があった。
母親と共に私の目の前からに姿を消したとき、私は血眼になって探した。
それは上からの命令であったが、私情も少なからず入っていた。
彼女のいない日々は、いつ破裂するか分からぬ風船のように息苦しく、恐ろしいものだった。
それを認めたとき、私は戦慄した。
それはありえないことであった。仕事上の重要人物である古代種にたいして特別な感情を持っているなどと、それはありえないことであった。
あってはいけないことなのだ。私たち神羅は古代種である彼女を手の内に納め、約束の地を探し出さなければならない。
そして、世界にたった一人の古代種をもっと増やさねばならない。宝条博士はなんだってするだろう。それがどういうことか、私は分かっていた。

「ねえ、ツォン」
顔を上げる。教会で彼女は私に背を向けて、花の手入れをしていた。
私の反応があってもなくても、彼女はいつだって一人話を進めるのだ。今だって、そうだった。
「あなた、暇なの?」
スコップ片手に彼女は振り返り、まじめな顔で尋ねた。
「タークスは暇なのね。なにか神羅で起きればいいのに」
崩壊すればいいのよ、と言って彼女はスコップで土を掘り返している。また新しい種を植えるのだろう。足元に麻袋が一つ置いてあった。
「見ていると飽きないからな」
「どういう意味?」
「そのままの意味だ」

私は彼女を掴んで神羅に連れて行こうとはしなかった。
紳士的な態度で、時には皮肉を言い合った。
彼女が持ち合わせる空気が好きだった。それは日光に似て、私の身体を暖かく包み込むものだった。
だが、太陽の下にいるとそれだけ影が色濃くなる。彼女といるときは感じられなかった負の感情が、彼女と別れると胸を押しつぶすのだった。
彼女の側にいると私は落ち着く。しかしその分、私の過去が重くのしかかる。お前は幸せを望んでいるのかと、せせ嗤う声が聞こえる。

「あの子、だいじょぶだから!」
ヘリから身を乗り出して叫ぶ彼女の目の前に、あの男がいた。
金髪の元ソルジャー。蒼色の瞳、引き締まった体。
瞬時に分かった。エアリスはこの男に惹かれている。
そうだ、昔ソルジャーのザックスと付き合っていた時期もあった。今度は、この男に惹かれたのか。
私の掌は空を切り、彼女の頬を叩いていた。余計なことを言うなと言ったような気がするが、それはきっとプロペラの音にかき消されただろう。

ヘリの中、彼女はやはり私を罵った。
最低だと、腐っていると罵り、終いには私を細い腕で殴りつけた。
私を殴りつけると冷静になったのか、彼女は大きく息を吸い込んで今度は静かに私を見つめ、呟いた。
「どうして、そんな顔をするの」
私が顔を上げると、彼女は表情一つ変えず言った。
「どうして、あなたがそんな顔をするの。なぜ、泣きそうな顔をするの」
窓に映る顔を見る。窓に映る男の表情はまるで亡霊のようだった。なにをそんなに悲しんでいる。なにをそんなに動揺している。
感情を表に出すな、それが基本だろう。胸の内で語りかければ語りかけるほど、窓の自分は青ざめて見えるのだった。
「かわいそうなひと」
彼女はいった。表情一つ変えず、口先で呟いた。

彼女はまさしくラプンツェルだった。
童話のラプンツェル。魔法使いによって塔に幽閉されたラプンツェル。
塔に上がる手段は、ラプンツェルの髪を伝ってあがること。最後にラプンツェルは王子と出会い、魔法使いを倒して幸せに暮らす。
神羅に囚われた彼女は、まさしくラプンツェルだった。
それならば、私は魔法使いだろうか。醜く歪んだ、性根の腐った魔法使いであろうか。

「ツォン」
古代種の神殿で、彼女は私の前に現れた。
私は虫の息、息をするのが辛い。ああ、もうお別れだと霞む視界で考えた。
微かに見えたのは彼女の涙。泣いてくれるのかと手を伸ばすが、私は彼女の涙を拭うことはできなかった。

死を覚悟した。死んでもいいと思った。
それは彼女の涙を見たからだ。私のために泣いてくれた彼女を見て、罪が軽くなった気がした。
もう、心が重くのしかかることはなかった。解き放たれるのを感じた。
彼女の涙は、私を許してくれるものだった。酷い扱いをした私が死にかけているとき、彼女は泣いてくれた。
そのときだけ、彼女は私を、私だけを見つめ、悲しんでくれた。

目を開けるとそこはあの世であるはずだったが、現実はこの世界だった。
覗き込む部下の顔に、私は「生き残ってしまった」と思った。死ぬべきだった人間が、生き延びた。
「古代種は死亡しました」
レノが言った。厚い資料を片手に、放った言葉は一言だった。

死ぬべき人間が生き延びて、生きるべき人間が死んだ。
彼女はまだこれからだった。幽閉された塔から飛び出して、今から幸せに暮らすはずだった。
あの塔からラプンツェルを連れ出したのは私ではなく、別の男だった。
私がしたことと言えば、彼女を怒らせ、泣かせ、そしてその涙に救われたと安堵する最低のことだけだった。
流した涙を拭うことはできず、この手は血で濡れた。彼女を笑わせたことは一度もなかった。

ラプンツェル。美しいラプンツェル。
お前のもとへ行かせておくれ。
醜い老婆は言っただろう。汚らしい魔法使いは言っただろう。
ラプンツェルは何も言わずに髪を垂らし、塔に魔法使いを受け入れる。
そこには王子が待ち構えていて、魔法使いを剣で殺すのだ。
魔法使いは何を思っただろうか。王子を憎み、外の世界へ羽ばたくラプンツェルの髪を掴もうともがいたであろうか。
塔にラプンツェルを幽閉していた魔法使いは、ラプンツェルを愛していたに違いない。
愛するあまりに、ラプンツェルが外の世界へ出て行くのを恐れ、彼女を自分の手の内に納めていたかったのだ。
そして私も、そうだった。





2007/04/15 meri.











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