もしかしたら、誰も助けに来てくれないかもしれない。
そんな考えが頭を過ぎった。頭上を見上げれば、先程足を滑らせた崖が見える。
日は落ちかけていて、辺りは徐々に暗闇に包まれようとしている。
背後には森があり、風に茂みが揺れるたび、リュックは身を震わせた。
随分高いところから落ちたが、自分の悪運の強さに感謝する。こういう時、スピラの人々はエボンの賜物、と言うのだろう。
だが、不幸にもリュックの右足首は捻挫していて、少し動かすだけでも大きな痛みを伴った。
こうなれば、誰かに発見して貰わないと自分の命はないと確信する。辺りが完璧な闇に包まれたとき、動けない幼気なアタシを獣が襲うだろう。
「誰かいないの!?」
幾度目かになるか分からない助けの声を上げるが、人の声は返ってこない。
木の枝に先程から居座っている鴉が、リュックを嘲笑うかのように鳴く。鴉を睨みつければ、翼を大きく羽ばたかせ空へと舞い上がった。
「むかつき!」
転がっている小石を鴉へと投げるが、当然鴉に当たるはずがない。遠くから鴉の鳴き声が聞こえた。
何か悪いことをしただろうか。こんな仕打ちはあんまりだと思う。

雪山でのワッカもそうだ。
ワッカはアルベド族が嫌いだ。
ううん、ワッカだけじゃない。スピラの人達はほとんどと言って良いほど、アルベド族が嫌いだ。
エボンの教えで禁止されている機械を使う私達。機械を使うと、シンはなくならないと言う。
熱く語るワッカに、アタシは問うた。シンは何?罪を償うって、どうすればいいの?
機械を使わなくなったら、本当にシンは消えるの?そもそも、罪ってなに?機械を使うのは、そんなに悪いこと?
ワッカは言う。
「とにかくエボンの教えを守ればいいんだ!」
いい人だと思った。優しく、まるで兄がもう一人できたようだった。だけど、ワッカにとって私はそうじゃなかったんだ。
ワッカのあんな顔初めてだった。冷たい目をした、いつものワッカじゃない。
ティーダ達は気にするなと言ってくれたけれど、それからワッカはアタシと目を合わせてくれない。
慣れているつもりだった。人から嫌われること、苛められることは幼い頃からあったから。
だけど、人から嫌われることはいつになっても慣れない。機械がそんなに悪いことなのか。
重い空気に包まれる宿屋を飛び出し、闇雲に走っていたら崖から落ちたと思ったら、足を捻挫してこれだ。
バッカみたい。自分で自分を窮地に追いやって、死ぬかもしれない状況に立たされてるなんて。

悲しくなる気持ちを遠くに追いやって、何とか助かる方法を考える。
ホルダーの中にボムのかけらが入っていたことを思い出し、ホルダーをあされば確かにそこには一個だけボムのかけらが入っていた。
燃えそうなものを探す。足は痛んだけれど、命に関わることと思えばそんな痛みは小さなものだった。
小枝と草、ボムのかけらでのろしを上げる。空高く登る煙に誰かが気付いてくれるだろう。

もし、このまま助けがこなかったら、明日の朝には見るも無惨なアタシの死体がここにあるだろう。
足は捻挫、モンスターが現れたら、戦うこともできない。ワッカはアタシの死体を見て何と思うだろう。
エボンの教えを守らなかったから、と笑うのだろうか。死ぬのは怖いけれど、これも運命なのかなあ。
短い人生だったなあ、もっとみんなと旅したかった。

ぐすりと鼻水を吸うのと同時に、背後の茂みが大きく揺れる。
きっとそこから出てくるのは獣だろう。のろしで居場所が分かったのか。アタシが求めているのは助けで獣じゃない。
せめて、食べるのだとしたら。綺麗に食べて欲しいと思う。食べかけなんていやだよ。
後ろの茂みの音は徐々に大きくなって、足音も聞こえる。でも、獣の足音とは少し違う。まるで人間みたい――
・・・人の足音?人?

はたと足音について考えていると、背後から大きな声が聞こえた。
「だれかいるのか!?」
森の中からの声に、リュックは立ち上がろうとしたが足が痛みそれはできなかった。
森へ向かい声を張り上げる。
「ここにいる!たーすーけーてー!!」
今までにないくらいの声を張り上げれば、森から出てきたのはワッカだ。
最悪!頭に浮かんだ言葉はそれだった。
一番会いたくない人物に出会い、リュックは身を強張らせる。
ワッカの表情は至極真面目で、リュックをじっと睨み付けたと思ったら、その顔は徐々に緩み、今にも泣きそうな表情になった。
「リュック!心配かけるな!!」
今まで聞いたことのないような大声だった。リュックは思わず耳を塞ぎ、身を縮ませた。
「だって・・・!」
「だってじゃねぇ!!」
一喝され、ワッカが手を挙げる。
打たれると思い、ぎゅっと縮まったが、その手はリュックを打つことはなかった。
大きな手の平がそっと頭に触れ、優しく撫でられる。
「・・・森に迷い込んだと思って心配したんだぞ・・・死んでたらどうしようかと・・・」
後半は涙声になっていて、聞き取れることができないほど小さな声だった。

「・・・心配してくれたの・・・?」
声は驚くほど震えていた。目の前が霞む。温かい手の平が、アタシの心に沁み入る。
ワッカはリュックの両肩を力強く掴むと、前後に揺さぶった。
「あんなことがあって、お前が死んじまったらって考えて・・・心配するに決まってるじゃねぇか・・・俺達は仲間だ」
ぽとぽとと、ワッカの涙が地面に染みを作る。
「ちょっと泣かないでよ・・・こっちも悲しくなるじゃん!」
ワッカにつられて涙が溢れ出す。ワッカの手の平は暖かく、とても大きかった。

ワッカのことを信じていた無かった自分を酷く恥じる。
アタシの死体を見て笑うような人じゃない。だって、現にこうやってアタシの無事を泣いてくれてる。
ごめんね、アタシはワッカのこと全然信用できてなかった。
頭が固くて、意地っ張りで、すごくムカツクこともあるけど、ワッカ。
ずっとずっと、優しいんだよね。







その後、ワッカの背中におぶられリュックは無事宿屋に帰り着くことができた。
リュックの捻挫の治療もあるため、暫くその場に留まることになった。リュックの足もほぼ完治したころ、ワッカは先日の一件を謝りに現れた。
アルベド族と言うだけで、あのように態度を変えてすまなかった、と何度も頭を下げるワッカを前に、リュックは慌てて手を振る。
「いいんだよ!ぜんっぜん気にしてないし!」
「けどなあ・・・」
「いいんだってば!」
笑って言うけれど、ワッカは気にしているようだ。
リュックは暫く考えた後、一つのことを思いつく。
「ねえ、ワッカ。お願いがあるの」
「ああ!何でも言ってくれ!あー、けど限度ってもんもあるけどな」
相変わらずの優しい笑顔に胸が暖かくなる。
ちょっと顔近づけて!と腕を引っ張り、声を潜めて囁く。

「アタシの、お兄ちゃんになってくれる?」

その言葉に、ワッカは一度驚いた顔をしてから笑って言った。
「お安い御用だ!」
そうしてあの大きな手の平でリュックの頭を優しく撫でる。

ああ、今なら気味の悪いモンスターと、雷以外の全てのものにキスを落とせそうだとリュックは思った。
そう思わせるほどに、ワッカの手の平は優しく、幸せな気持ちにさせてくれる。
まるでその手の平に魔力があるよう。
また一つ、ワッカのことが好きになった。


優しい温度、太陽のような笑顔、ワッカの全てがアタシは好きだ。
ありがとう、ワッカ。何かあったら、またアタシの頭を撫でて欲しい。
その掌の魔法で、アタシに笑顔を与えてね。











2006/02/03 meri.






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