「今日は死んだ人が帰ってくる日なんだ」
ティーダはユウナに話した。ユウナはティーダの話に身を乗り出して、頷きながら話を聞いている。
一面ガラス張りの飛空挺の展望からは、一面空が見えた。
雲の上をぐんぐん飛んでいく飛空挺が目指すのはルカだ。ルカには今、シンがいて、最終決戦を目前に控えている。
シドの話では、あと一日ほどかかるという。操縦室にいる気分にもなれず、空を見ようとここに来たらユウナがいた。
ザナルカンドでの話をして、とユウナが言い出すのに時間はかからなかった。
ザナルカンドの話をすると、ユウナは目を輝かせ話しに聞き入る。
ユウナにとって、ザナルカンドは憧れの地なんだろうか。眠らないザナルカンド。豊かで、争いごともなく、人々の笑顔が満ち溢れるザナルカンド。

ユウナのリクエストに答え、ティーダは色々な話をした。
そこで、ふと、今日はあの日だと思い出したのだ。一年で盛り上がる行事の中の一つ、ハロウィンだ。

「ハロウィンって言うんだけど」
「ハロウィン?」
ユウナは首を傾げた。
知っているかな、と僅かな期待を胸に秘めていたティーダは「知らないよなあ」と期待を裏切られた気持ちと、当然だよ、という気持ちが入り混じった言葉で返した。
「ご、ごめん」
「あー!いいって!ユウナは何も悪くない。知らなくて当然だよ、なんたって千年前に滅……」
そこまで言って、口を閉ざす。違った。俺のザナルカンドは千年前のザナルカンドじゃなかった。夢の存在だったんだ。
思いを振り切るように、ティーダは陽気な気分を体中で表しながら、ユウナに身振り手振りで伝えた。

「ハロウィンってのは……そうそう、死んだ人が帰ってくる日なんだ」
危ない、いつもハロウィンの意味なんて考えずに騒いでいたから、危うく思い出せなかった。
ユウナは身を乗り出して聞いている。
「それでな、仮装するんだよ。えーっと、魔女って言う悪いのがいるんだけど、女でな、いろんな魔法を使うんだ。そういう魔女とか、あと……死んだ人の真似とか」
「死んだ人の真似!?」
口に手をあて、ユウナは驚いていた。その瞳には「それって失礼!罰当たり!」という言葉がくっきりと記されていた。
「いや、この日は特別だから、誰も怒らないんだよ。罰も当たらない」
ユウナを宥めるように言ったが、少しニュアンスが違うな、とティーダは思いながら続けた。
「この日はこうして騒いで、死んだ人を慰めるんだ。死んだ人は家に帰ってくる。死んだ人もお祭り騒ぎにノリノリってわけ」
「ノリノリ……」
「そうそう。それで、あと……うーん、あ、家の前にランタン……火を飾るんだ」
「火を?」
「うん、あんたの家はここだよって教えてあげないと分からないだろ?」
ティーダの言葉に、ユウナは分かっているような分かっていないような、曖昧な返事を返した。
「だいたい、こんなところかな」
言い終わると、ティーダはザナルカンドに思いを馳せた。
たとえ夢だとしても、ザナルカンドは俺の故郷だ。肩を組んで笑った友達、へんてこなメイクをして、大人達は訝しげな目で俺達を見たけど全く気にならなかった。
「いいね、私もやってみたいな」
ユウナは呟くと、そうだ!と言って駆け出した。
「ユウナ!?」
「すぐに帰ってくるから待ってて!」
手を振って、ユウナは階段を駆け下りていった。ティーダはユウナを見送って、空を見た。
壁一面窓の展望から望む青空がティーダはなによりも大好きだった。
ただぼんやりと眺めているだけでもいい。ああ、今日は晴れだとか、気分がいいなとか、そんなことをぼんやり思うのが何より幸せなのだ。
この空の向こうにシンが待っている。殺戮を繰り返すオヤジもまた、空を眺めているのだろうか。

慌しい軽い足音が迫り、ティーダは振り返った。ユウナは肩で息をしながら立っていた。
清清しい笑みで、片手に二個ずつ、キャンドルを持っていた。
小さな掌に、それはあまりにも危なっかしいものだ。
ユウナの掌からキャンドルを取ると、ユウナは「ありがとう」と素直に礼を言った。
「ここにおいて」
窓のへりを指差すユウナの指示通りにキャンドルを置く。
ポケットからマッチを取り出して、ユウナは一つずつ火を灯した。
しゃがみこみ、ユウナはじっとキャンドルを見つめたあと、ティーダを見上げた。
「ほら、キミが言ってたハロウィン!こうするんでしょ?」
ユウナの言葉に、ティーダは「あー……」と言って考えた。
合っていることは合っているが、少し違う。
ティーダの反応に不安になったのか
「なにか違う?」
と、ユウナは不安げに尋ねた。

「私たちに家はないけど、異界に一番近いのは空だと思うの。お父さん、お家はここじゃないけど、私はここにいるのよって」
まるで祈るように呟くユウナを見て、ティーダはこぶしを握った。
ユウナ、違うよ。
ハロウィンはそもそも、皆で騒ぐものだ。
もっと楽しそうにしなくっちゃ、ブラスカさんは喜ばない。今からシンを倒して、ユウナたちは幸せにならなくちゃいけないのだから、もっと楽しくしなくちゃいけない。
ティーダはたまらなくなって、ユウナを背後から抱きしめた。
「わっ!」
ユウナの小さな体が跳ねる。腕にすっぽりと収まる小さな体はなんと温かいことだろう。
「どうしたの?」
「……なんでもないッス」
それ以上は言葉にならなかった。ユウナの体温が心地よく、髪に顔を埋めると甘い香りが鼻をくすぐった。
「もっと楽しくしないといけないんだよ、ユウナ」
「ふうん」
ティーダの腕の中で、ユウナは笑っていた。その笑い声だけでティーダの世界は明るく染まるのだった。

ハロウィンなんて、教えなければよかった。
俺が消えたら、ユウナは辛い顔をするだろうか。
人の痛みに敏感で、自分の痛みを笑顔で隠す優しい彼女を、俺は苦しめるのだろうか。

「泣いてる?」
ユウナの言葉に首を横に振る。
瞼の裏に、オヤジの姿が見えた。ほら泣いた、と男は笑っていた。
ああ、きっとハロウィンは、残された者が胸に空いた穴を埋めるための行事なのだ。
寂しさを埋めるように、仲間と騒いで自分を慰めているのだ。
「……泣いてなんかない」
誤魔化した笑いが震えていた。視界がぼやけ、ティーダは唇を噛み締めた。






2007/02/04 meri.













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