柔らかく温かいものに包まれていた。
心がなごみ、今までの戦いの日々が嘘のようだった。
ここはいい。何もない。争いも、自分が何者なのか疑わなくてすむ。
ここは静かで、温かい。いつまでもここにいたい。

「クラウド」

どこからか懐かしい声がする。目の前は真っ暗で、体を動かすのも面倒だ。
「クラウド」
また声がした。耳元からか、頭の奥からか、それとも遠くから呼びかけているのか、俺には分からない。
どこかで聞いた声だ。思い出そうとするが、何もかもが面倒でそれを放棄した。
「クラウド」
声と同時に、頬に柔らかい感触を受ける。
胸が不思議と温かくなった。
大切だったような、何か脳の奥で蠢いている。誰だろう、喉まで出かかっているのに、声にならない。
先程まで考えること全てを放棄していた脳が、体が、解き放たれた気がする。
鼻をくすぐる花の香りで目を開ける。正面に、誰かが立っている。

「エアリス」

声に出すと、朦朧としていた頭が覚醒していくのが分かった。
数々の場面が頭をよぎり、目の前を通り過ぎていった。

「クラウド・・・」
「エアリス・・・?」

目の前にいるのは、紛れもなくエアリスだった。
ピンク色の服、なびく髪。全てがあのままで、立ち上がり手を伸ばす。
掴んだ細い腕は細く、あの日と変わらない。引き寄せ、抱きしめる。花の香りがして、嬉しくなった。

「エアリス・・・生きてたんだな・・・よかった・・・あんたがいなくなって、俺は・・・」
「クラウド」
言葉を遮られて、エアリスが顔をあげ俺を見上げた。
「帰ろう」
「・・・どこへ」
ゆっくりとエアリスが頭上を指さす。
どくん、と心臓が波打つ。そこは行きたくないところだった。暗闇から、俺を手招いているようにも思える。
真面目な顔をしたエアリスを目の前に、俺の手は酷く震えた。
腕のなかにいるエアリスの肩をつかみ、押し離す。
「嫌だ・・・」
「どうして?帰ろう、クラウド」
「いやだ・・・ここにいたらあんたといられる・・・それにここは静かだ、」
辺りを見渡して、なあ、と同意を求めようとする。エアリスは俯き、首を横に振った。

「クラウド、逃げちゃだめ」
「やめてくれ!!」
叫ぶように言って、後ろへ下がる。
「やめてくれ・・・!どうしてだ・・・俺には無理なんだ!!」
腰に手をやるが、そこにあるはずの剣はなかった。腕を振り回し、頭を抱え蹲る。
「・・・そうだ・・・やっぱりあんたは死んだ・・・!死んだんだよエアリス!!」
なのに、何故だ。何故ここにいる。やめてくれ、俺をこれ以上困らせないでくれ。
「・・・クラウド・・・だめなの」
懐かしいはずの声が、渇望した声が側で聞こえるというのに、俺の体は全てを拒否していた。
意味の解らないことを言うな、呟くと、近づく足音がした。

「・・・ここにいたらもう・・・」
頭を優しく撫で、諭すように囁く声。耳を強く塞いで、違う!!と叫ぶ。
「違う・・・これは現実じゃない・・・夢だ、夢なんだ!!」
手が驚くほど震えている。恐い、恐い、目の前にあるもの全てが儚くも崩れ去っていく。
「エアリス・・・俺はあんたを救えなかった・・・。俺は無力で、ただ見ていることしかできなかったんだ。
みんな俺に何かを期待している・・・でも違う、俺は違うんだ!俺は強くない。俺は誰だ?誰なんだ、教えてくれ!」

頭が混乱して、エアリスの顔が歪んで見えた。エアリス、剣が体を貫いたその瞬間、俺は見ていることしかできなかった。
ただ呆然と、崩れ落ちるあんたを抱きしめて、絶望を噛みしめることしかできなかった。
「俺に出会わなければ、あんたは死ななくてもすんだんだ」
あの教会で出会わなければ、あそこに俺が落ちなければ。ついていくと言ったあんたを無理にでも家に返していれば。
あんたが死んでから、あんたが水底に沈んだあの日から、頭には後悔が渦巻いていた。

暗闇のなか、目を閉じても、俯いてもエアリスの立っている位置が分かった。
そこは光りに包まれていて、まるで太陽のようだった。
背中に手を回し、もう片方の手で頭を抱きかかえられる。
エアリスはそうして俺を抱きしめ、母親が子供をあやすように、ゆっくりと囁いた。

「クラウド、私、幸せだったよ」
吐く息が震えた。嘘だ、と言えば、俺を抱きしめる手に力が入った。
「スラムでは見られない空を見て、星を見て、みんなに出会って・・・クラウド、あなたにも出会えた。とても、幸せ」
頭を抱く手が、背中に回される。涙が頬を伝って、嗚咽が漏れた。
「クラウド、自分を責めないで。あなたはクラウド、他の誰でもない」
エアリス、呟いて、エアリスの背中に手を回した。エアリスも泣いているような気がした。

暫くそうした後、顔を見合わせて、エアリスが首を横に振り言った。
「ここにいたらいけないの、クラウド。だめになってしまう」
俺の手を取り、引っ張り立ち上げる。辺りを見渡して、エアリスに問う。
「でも、ここからどうやって出れば・・・」
口元に人差し指をあて、エアリスが首を傾げ笑った。

「だいじょぶ、クラウド、あなたには優しい幼なじみがいるでしょう」
ゆっくりと、人差し指を俺の背後に向け、俺を見て微笑んだ。
『クラウド!!』
背後から聞き慣れた声がして振り返る。
暗闇の向こうから、嗚咽まじりにその声が聞こえた。

「ティファ?」
エアリスに向かい呟くと、彼女は頷いてまた笑った。
ふいに切なさが込み上げる。同時に理解した。エアリスも微笑みの表情から、どこか淋しげな表情に変わる。
「ティファと一緒に、自分を捜して」
俺の手を取り、手の甲を優しく撫でながらエアリスが言った。
「いやだ・・・エアリス」
その手をひっぱり、腕の中に引き入れる。
エアリスの体は腕の中に収まって、とても温かかった。
力を入れて抱きしめると、エアリスも抱きしめている腕に力を込めた。

涙が溢れた。あんたが死んだときには涙は流れなかったのに、どうして今涙が流れるのだろう。
子供みたいに、恥ずかし気もなく涙を流す俺の頭を撫で、エアリスが俺の腕の中から徐々に消えていく。

「あなたに会えて、本当によかった・・・ありがとう」

最後の言葉で、俺の腕の中にいたエアリスの姿が消えた。
エアリスがいた腕の中は空っぽになっていて、呆然とその空間を見つめて目を閉じた。





「クラウド!」
肩に手が置かれる。聞き慣れた声はティファで、涙の落ちる音がした。
「クラウド、よかった・・・。私・・・」
顔をのぞき込み、ティファが笑う。その頬には涙が伝っていて、ティファはそれを拭うと首を傾げた。
「泣いてるの?」
何も答えずに、立ち上がる。

辺りを見渡すと、中央には広間のような開けた場所があり、そこを中心に様々な風景があった。
幼い頃育ったニブルヘイム、ティファの部屋の窓、ニブルヘイム山の魔胱炉・・・・。
大きく息を吸って、ティファを見つめ、口を開く。
「行こう、ティファ・・・あのとき、あの場所で何があったのか・・・俺は一体何者なのか」
ティファは笑って、大きく頷いた。


頬を伝う涙を拭って、広間に立つ。
ニブルヘイムに足を向け、震える足を踏み出した。









05/08/22 meri.





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