手の甲からは血が流れていた。
真っ赤な血を舐めれば、鉄の味がした。
(機械、しばらく触ってないなァ)
ふと思うが、この戦いが終わればたくさん触れる。大分長いこと機械を触っていないから腕は鈍っているかもしれないけど。
ポーションを使ってもいいけれど、あたしは血が固まるのを見るのが好きだった。
傷口が小さければ、ぷっくり太った血をみることができただろう。
だけど、この傷は手の甲を縦断するように、斜めに長く入っている。
流れる血はあたしが望むようなものではなく、浅く幅広く流れている。
「なにやってんの!?」
とても大きな声が頭から降ってきたので、見上げればティーダがいた。
太陽の真下にいるティーダはまぶしくて、表情が読み取れないが、あたしは目を細めながら、きっと信じられないと思っているんだろうな、と思った。
「おま……なにしてんの!?」
二度も同じ言葉を繰り返した。そんなに驚くものではないのに。
あたしが口を開こうとしたと同時に、ティーダは走り出した。
どこに行くんだろう。去り行く背中に聞こうとしたが、どうせ聞いたところでまたバカみたいに大きな声を出すだけだろうと思ったので、黙って見送ることにした。

手の甲を切ったのは、自分の武器で誤って手の甲を傷つけてしまったからだ。
あたしらしいだろう。きっとティーダは、モンスターに襲われたと早合点して騒いでいるに違いない。
想像して、一人笑う。ああ、面白い!ティーダはこれだから好きだ。
地面に影が落ちた。あたしのものではない、大きな影。胸が高鳴って、あたしは顔を上げ、見た。
おっちゃんがいた。黒いサングラスがきらりと光って、おっちゃんが神々しく光っている。
手で影を作って、おっちゃんを見上げる。太陽がなければおっちゃんをもっと見ていられるのにと、変態みたいなことを思った。
チョコボ車の轍ができている道を渡って、おっちゃんはあたしと同じように木の幹に腰を下ろした。
あたしとの距離は、三メートルくらい。ほどよい遠さと、おっちゃんを遠慮なく見つめることができるという嬉しさで、あたしはにこにこ笑ってしまった。
「その手はなんだ」
ぶっきらぼうな言葉に「きったの」と答える。
「ティーダが慌てていたが、それが理由か。ポーションは」
「持ってるけど、いらない」
手を太陽にかざしてみる。かぴかぴに乾いた血を指で擦ると、指の腹に血がついた。
僅かに、ずきずきと痛むけど、気にならない。
「いくら小さな傷でも、細菌が入り込んで面倒なことになるぞ」
馬鹿にしたようにアーロンは言った。
その一言に、あたしは素直に「そうだね」と答えた。
確かにそうだ。そこまで頭が回らなかったから、言われるまで気づかなかった。
こんなことを言おうものなら、おっちゃんはもっと不機嫌な顔をするから、黙ってポーションを取り出す。
ポーションを飲もうとキャップを取ったとき、思い出したことがあった。

それは小さなころのおまじない。今はおぼろげにしか思い出せないが、お母さんが昔、痛がるあたしにしてくれたおまじない。
空のお星様に向かって、痛いの痛いの飛んでゆけ、と言えば、痛みはそこに飛んでいくというもの。
笑顔が優しい母だった。白く輝く、歯並びのいい口元を覚えている。

「ガードとしての自覚が足りないようだな」
捨て台詞を吐いて、アーロンは溜息と共に立ち上がった。
黒いサングラスを中指でくいと持ち上げ、木に立てかけていた大剣を持つとアーロンは来た道を歩き出した。
あたしの横を通ったとき、ほのかに汗の香りがした。
おっちゃんの力強い足音が、徐々に遠ざかる。耳を澄ませば、ティーダの騒がしい足音が聞こえてきた。

「痛いの痛いの飛んでゆけ」

口先で言葉をつむいで、ぐいとポーションをあおる。
手の甲の痛みが徐々に引き、おっちゃんの姿を思い浮かべる。
痛みはおっちゃんに飛んでいって。
そう祈った。白い月でもなく、空を陣取っている太陽でもなく、光に負けている星でもなく、たった一人の男のところへ飛んでいって。
そしたら、あたしとおっちゃんとの共通点が一つできる。
親子ほどに年が離れていて、いつも仏頂面のおっちゃんとあたしにはガードと言う共通点しかないもの。
好きな人と、一つ共通点ができたらそれだけで幸せだと思う。


だからあたしは呪文に祈りを込める。

セピア色の呪文、どうかあたしの願いを叶えてね。









2006/12/27 meri.





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