あたしはじっと、ベッドに座っていた。
膝を抱え座るベッドは古く、弾丸の跡も生々しく残っている。
寒いと身震いする。当然だ。ここは寒国、外は雪が積もっていて、溶けることを知らない。
それでもあたしはここにいたいと思う。エアリスの生まれた家、エアリスの始まりの場所、ここはエアリスが生きていた証が残ってる。
ビデオのスイッチを押せば、鈍い音を立ててビデオが起動し、スピーカーから男の声がする。
ガスト博士という男。ヴィンセントによれば、ジェノバプロジェクトの中心人物だったという。

そのガスト博士と、古代種イファルナの間に生まれたエアリス。
ビデオはイファルナの古代種の話に始まり、途中からはイファルナの体に宿ったエアリスの成長記録と変わっていた。
幸せな家庭だというのは、画面からひしひしと伝わって、胸が震えた。
この幸せの家族の結末を知っているあたしは、スピーカーから聞こえる銃声の音と共にビデオのスイッチを切った。

そろりと、またおんぼろのベッドに戻る。
先程のように、膝をかかえてじっと蹲る。みんな宿屋へと帰り、私は一人ここに残った。
ふ、と口から白い息が出て、腕をさする。暖炉も、毛布も何もない。
だけど、あたしは宿屋に帰りたくなかった。帰るということは、エアリスを裏切ることだと思っていたから。

その時だった。
朽ちかけのドアが、勢いよく開いた。そこから見える外は雪が降っていて、寒風があたしの頬をなぶった。
ぞくりと腕にたつ鳥肌は、寒さのせいだろうか、それとも、そのドアにヴィンセントが立っていたからだろうか。
ヴィンセントは紅いマントを寒風に弄ばせながら、ゆっくりとこの家に足を踏み入れた。
色白の肌は、今は青白くなっていて、病弱そうな印象をもっと強調させていた。

「ここにいたのか」
ドアを後ろ手に閉めて、ヴィンセントが呟く。
その声は、風にかき消されそうなほど小さいものだったけれど、あたしの耳にはしっかりと届いていた。
ヴィンセントの問いを無視して、あたしはそっぽを向いた。

「帰ろう」
「いやだ」
「ここは寒いだろう」
「寒くなんかない。あたし、ここで夜明かすから」
「・・・」
「なに?何か言いたいことでもあるの?」
あたしなりの、鋭い目というものを必死に取り繕ってヴィンセントを見る。
だが、あたしの言葉にヴィンセントは何も言葉を返さなかった。身に纏うマントと同じ紅の瞳を細めて、あたしを見ている。
その行動が、あたしを苛立たせ、頭は真っ赤に染まった。
頭の中心に熱が集まる感覚。次の瞬間、あたしは感情のままに言葉を吐き出していた。

「あんたさ、言いたいことあるならハッキリ言ってよ。むかつくんだよね、そういうの」
「あたしのこと何にも知らないくせに、ぜーんぶ知ってます、って顔してさ。あたしの何を知っているっていうの?」
「ねえ、答えてよ。あたしの何を知ってるっていうの?」

一気に捲し立てて、あたしは息をついた。喉が驚くほど細かく震え、あたしはその悲しみをどうすることもできなくて、膝を抱えた。
そうして胎児のように思い切り丸く縮こまり、ヴィンセントに背を向けて、ベッドにごろりと倒れる。それからもう何も言わなかった。
ベッドはカビの匂い。埃が口に入り、咳をした。

ドアを叩く風の音、吹き付ける雪の音が、あたしとヴィンセントの空間を支配していた。
あたしの八つ当たりと言える言葉に、ヴィンセントはやはり何も返さない。
こんなに黙り込むというのなら、このまま出ていってくれればいいのに。
これがヴィンセントの優しさ?これが大人っていうもの?こんな優しさはいらない。早く出ていって。
お隣のお家の誰かさんみたいに『お宅のお嬢さんは本当に自分勝手なんですね』と冷たく言い放って出ていって。

かび臭いベッドに顔を押し付け、気がつけばあたしは泣いていた。
自分の不甲斐なさに泣いていた。自分が間違えているということは、百も承知だった。
何も言わないヴィンセントの前で泣いている、ということが悔しくて、あたしは声を殺して泣いた。流れる涙はそのままに、喉が痛んだ。

ギィ、と床の軋む音が鼓膜を震わせる。空気が震える。
ゆっくりとした歩調で、だけど確実にその足音はあたしへと近付いていた。
壁をじっと見つめながら、その時が来るのを待っていた。
その足音が、あたしが横たわるベッドへと腰を下ろすまで、どれほど時間がかかっただろうか。
あたしにとって、とても長い時間に感じられた。ベッドの軋む音、さらりと髪の流れる音、マントがベッドに触れる音。

「・・・人の気持ちは分からないが・・・」
あの低い声が、あたしの耳に触れる。
「・・・ユフィ、お前の悲しみは理解しているつもりだ」
さわりと、冷たい手があたしの頭に触れた。
何度も優しい手つきで撫でるその手にあたしは何かを言おうとしたけれど、喉はぎしぎしに軋んで言葉を出すことは出来なかった。
だが、一つだけ言いたいことがあってあたしは口を開いた。掠れた声で言葉を零す。

「今日は・・・エアリスと一緒にいたい」
あれから一月も経っていない。あの後セフィロスを追い、ここまで来た。
そして辿り着いたこの街は、エアリスの生まれ故郷。雪の中を嬉しそうに走り回るエアリスが、容易に想像できた。
ここは私の生まれた場所なの、と笑って、雪だるまを作ろうとか、そういう大人げないことを言い始めることだろう。
そんなエアリスの行動を想像すれば想像するほど、あたしの胸は痛んで涙が溢れた。
きっとエアリスはここにいる。あたしはそう信じてる。きっとここで、一人泣いていることだろう。
だから、あたしは一緒にいたい。そんなエアリスを慰めるために、あたしはここにいたいんだ。

「ここで夜を越すのか?」
「うん」
あたしの答えに、ヴィンセントは何かを考えているようだった。暫くの間があって、ヴィンセントは立ち上がり言う。
「だったら毛布を沢山持って来よう。あと暖房器具だな」
その言葉に、あたしは慌てて体を起こした。ドアへと向かうヴィンセントに問いかける。
「ちょっと!どこ行くつもり!?」
「宿屋に戻って取ってくる。ここは寒いだろう。私が帰ってくるまでに、その泣きっ面をどうにかしておけ」
あたしの顔を差して、ヴィンセントは言った。顔が熱くなるのが分かって、うるさい!と言えば、ヴィンセントは笑ってドアノブに手をかけた。
「それに、エアリスも、お前がそんなことだったら余計悲しむだろう。弔いをするのなら、せめて明るくしてやれ」
まるで、そんなことどうでもいいけど、というような言い方だった。
だけど、ヴィンセントが本当に伝えたいことはそれだったのだろう。何も言わないあたしを残して、ヴィンセントは家から出ていった。

一人ぽつんと残ったあたしは、暫くベッドに膝を抱えて座っていたけれど、やめた。
ヴィンセントの言葉が・・・違う、あたしがこうしてはいけないと思ったから。
ベッドからのろのろと降りて、ビデオのスイッチを入れる。映し出される赤ちゃんのエアリスを見て、あたしは画面にそっと触れた。
画面の中のエアリスは泣いていて、ガスト博士がそんなエアリスをあやしている。
隣にはお母さんのイファルナ。
あたしの顔が電子色に染まる。このままここにいられたら、きっとこんな結末を迎えることはなかったのだろう。

もっと、一緒にいたかった。もっと、色んなことを喋りたかった。
あたしのなかには、もっとが溢れて、そうして後悔しか残らなかった。だけど、違うんだね、エアリス。
もう、もっとは必要ない。今あたしに必要なのは、前を見て歩くことだと思う。
だから、エアリス。ずっとあたし達を見守っていて。きっと、あたし達の行き着く場所は一つだと思うから。

泣き続けるエアリスの輪郭をそっと撫でると、ずっと泣いていたエアリスがにこりと笑った。
笑顔になったエアリスを見て、ガスト博士が歓声を上げる。エアリス!と声をあげ、頬ずりをした。
偶然でも、あたしはそれが嬉しくて、溢れ出す涙を服の袖で拭った。

エアリス、あなたの生まれたこの家で、あたしは今日を過ごそうと思う。
エアリスが伝えたかったこと、今なら分かるかもしれない。
ありがとう、星へ還ってしまったけれど、あたしの中のエアリスは消えてはいない。





「これからも、ずっと好き。大好きだよ、エアリス」











2006/01/09 meri.




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