悪い予感はしていた。
何か悪いことが起きるかもしれない、って思ってた。
古代種の神殿の入口は、血生臭い匂いが立ちこめていて。
ツォン、と呟けば、その体が少し動いた。
上げた顔は青ざめていた。
柱にもたれかかり、肩から腹にかけて、深い傷を負っている。
エアリスは顔を背け、柱の影へと向かい、顔を覆い、肩を震わせた。
そんなエアリスを見つめ、ツォンは小さく笑う。
「泣いてるのか?」
クラウドの言葉に、エアリスは首を横に振る。
「ツォンはタークスで敵だけど、小さい頃から知ってる」
ツォンが、目を伏せた。口元の笑みは消えず、エアリスの言葉に耳を傾けているようだった。
「わたし、そういう人、少ないから。世界中、ほんの少ししかいない、わたしのこと、知ってる人・・・」
神羅に捕らわれていたあの頃、ツォンは優しくしてくれた。
それは、わたしが古代種だから。
神羅から逃れた後も、教会へ来たり、花を売る私を遠くから見つめることもあった。
「花を買おう」
と言ってくれたこともあったけど、私は断った。
タークスに、人殺しをする人に花を売りたくなかった。
「貴方に売る花はないわ」
籠には沢山の、黄色い花があった。
ツォンが、悲しげな目をしたのを覚えている。
ロッドにはめている、回復のマテリアをなぞる手を引っ込める。
タークスは嫌い、神羅も、ぜんぶ嫌い。
みんな、私の大切な人達やものを、奪ったから。
だけど、ツォンは?
柱にもたれかかり、目を伏せているツォンを見つめ、エアリスも目を伏せる。
再度、マテリアに触れる。
マテリアを撫でるように触れた後、エアリスはツォンの元へと向かった。
ツォンは目だけ動かしエアリスを見つめる。
エアリスはツォンと同じ目線になるよう屈み、ツォンの傷口を見つめた。
痛々しいその傷口からは血が流れ、黒いスーツは黒さを増している。
眉を寄せ、エアリスが呪文を唱える。
「無駄だ」
ツォンの言葉に、エアリスの呪文が止まる。
「相手はセフィロスだ」
自嘲気味に笑い、ツォンが言う。
エアリスは何も言わず、目線を落とした。
石畳の床には血だまりができていて、ツォンの息は上がっていた。
顔色も先程より悪い、早く何らかの処置をしないと時間の問題だろうと皆が思う。
「・・・悪かったな」
言って、エアリスの頬へ、ツォンが手を伸ばす。
エアリスは眉一つ動かさず、その掌を左頬に受けた。
その掌はひんやりと冷たく、エアリスが眉をひそめる。
「少し、嫉妬していた」
ツォンの言葉に、エアリスが顔を伏せる。
あのときの掌は、あんなに熱かったのに、今はこんなに冷たい。
母のことを思い出す。駅で事切れた母。
「・・・泣いてくれるのか」
頬を伝う涙が、ツォンの掌に触れる。
エアリスは何も言わなかった。
何も言わずにただ涙をながすだけだった。
「ありがとう」
聞き取れないほどの、小さな声でツォンが続ける。
「元気でな」
その言葉を言い終えると、ツォンは大きな仕事が終わったような、満足げな顔をして頬から手を下ろした。
エアリスはそんなツォンを少しの間見つめ、俯き言う。
「行こう」
その言葉に、クラウドが尋ねる。
「いいのか?」
「いいの」
目元をぐいと拭って、エアリスが立ち上がる。
神羅は私の大切なものを、奪ってきた。
大好きな人、大好きな場所を。
これ以上、誰もなくしたくないと思った。
でも、どうして。
相手はツォンなのに。
どうしてだろう、胸が軋むの。
こんな気持ち、もうしないと決めていたのに。
ごめんね、ツォン。黄色い花を、あげればよかった。
花を育てる私を笑わずに見守っていてくれたのは、ザックスとお母さん、そしてあなただけだったから。
2005/06/01 meri.
2005/06/18 改訂