轟音に耳の感覚が麻痺する。
暫くすれば慣れるとシドは言っていたけれど、この轟音と乗り物酔いはいくら経っても慣れないと思う。
何故、みんな平気な顔をしていられるのかユフィには到底理解できない。
ティファがくれた酔い止めの薬を一気に口に流し込んでから、ユフィはその場にごろりと横になった。
ここは一番好きな場所だ。飛空挺の一角、鉄の床がひんやりと冷たく、揺れも比較的少ない。
ユフィは息を吐いて、目を瞑った。


砂が頬を撫でる感覚にユフィは目を覚ました。
目の前に広がる光景に目を見開く。そこは草木一本生えない砂の大地だった。
乗り物酔いのせいだろうか、頭痛がする。何故ここにいるのだろう、さっきまで飛空挺にいたはずだ。
私が寝ている間に着陸したのだろうか。そうだとしてもおかしい。周りに仲間の姿は見えない。
それに、どうして私は砂の上に倒れているのだろう。こんなところ、見たことない。

頭をもたげると、足が目に入る。慌てて立ち上がると、そこには見慣れた背中があった。
マントの裾はすり切れていて、元は鮮やかな赤だったのだろうが、今は赤黒く変色している。
頭上を見上げるが、そこにあるはずの空はなかった。
以前初めて行ったミッドガルのようだ。どす黒く、雲も、太陽もなにもない。
突然、何か嫌な予感がした。
「ヴィンセント」
見慣れた背中に名前を呼びかけるが、ヴィンセントは振り返らない。
いつもは振り返ってくれるのに、ヴィンセントはぴくりと動きもしない。
静寂なこの大地でユフィの上げた声は、荒野に吸い込まれて消えた。

ぞくりと、背筋が粟立つ。どうしようもない恐怖に襲われた。
ここはおかしい。
何が?
分からない、だけど、だけどここは――

さらさらと、砂の擦れる音にユフィはハッとした。目の前の人物から、目線を自分の足へと落とす。
足が砂に浸食される様がそこにはあった。砂はずぶずぶとユフィの体を飲み込んでいる。
「ヴィンセント!」
名前を叫ぶが、振り返らない。どうして、その目に一体何が、一体何があるというのか。
砂から逃れようともがくが、もがけばもがくほど砂はスピードを上げユフィの体を飲み込む。
「なんで・・・」
絶望に打ちひしがれ、ユフィは掠れた声を出した。
砂に沈む恐怖より、目の前の人物に対する失望の方が大きかった。
「ヴィンセント、こっち向けって言ってんの!聞こえてんだろ!」
ありったけの声で叫ぶが変わらない。ただ、砂が流れる音だけが聞こえる。
上体が砂に引きずり込まれる。砂は胸にまで迫っていて、足先の感覚がなくなってきている。
再度名前を呼ぼうと口を開いた時、ヴィンセントの足の間から、何かが見えた。

目を凝らしてみると、遠くに女の姿が見える。
風は吹いていないというのに、女の髪は風になびいていた。この遠さなら見えないはずだが、女の様子は手に取るように分かった。
栗色の髪、白い服を着て、胸に白い何かを大事そうに抱えている。
顔は見えない。なびく長い髪に顔は隠れ、それはとても恐ろしいものに感じられた。

突如、猛烈な風が吹き荒れ、それと同時に泣き声が聞こえた。赤ん坊の泣き声だ。耳をつんさぐ、甲高い声だった。
砂埃に目を細める。女の腕にあるのは赤ん坊なのだと理解した。腕にある白い布で赤ん坊をくるめているのだろう。
女はあやそうともせず、ただ立っているだけだ。赤ん坊の声は止むことを知らず、風の音と一緒に鳴り響く。
その布が風に煽られ女の手から放れ、白い布はひらりと宙を舞い、女の傍らへと静かに落ちた。
女の腕に、赤ん坊はいなくてはならない。それだというのに、そこには何もなかった。
ユフィは辺りを見渡した。赤ん坊の姿はどこにもない。何故、甲高い声は今も尚続いているというのに。

ああ!ユフィは声をあげた。いや、あげようとしたが声にはならなかった。
この声は赤ん坊じゃない。この声は――



「ユフィ」
低い、優しい声が耳に触れる。
軽く頬を叩かれる。それから様子を見るような間があって、また頬を叩かれる。
ユフィは眉を寄せて、唸り声を上げてから目を開けた。
高い天井が目に入る。ユフィは虚空を見つめて、ゆっくりと視線を横に滑らせた。
ヴィンセントはさらりと長い髪を揺らして屈むと、ユフィを見下ろして尋ねる。
「・・・どうした。泣いている」
頬に流れる涙に指を滑らせ、ヴィンセントがユフィに尋ねた。
砂はない。あれは夢だったんだ。ユフィはそれを理解すると、慌てて服の袖で涙を拭い、息を吐いた。

荒れていた息を整え、唾を飲み込む。砂の擦れる音が頭で響いてる。
「あんたの罪はさ・・・」
ヴィンセントの整った綺麗な顔が見える。夢の中で、決して見せてくれなかった顔だ。
いくら名前を呼んでも振り返ってくれないあんたに、私は何もすることができなかった。
「償えないものなの?」
ユフィの質問に、ヴィンセントは目を伏せた。赤い瞳を、黒く長いまつげが縁取る。
「私の罪は終わらない」
ユフィは鼻を思い切り吸って、そう、と涙ながらに答えた。
どうかしたか、というヴィンセントの言葉に首を横に振る。
ヴィンセントの美しい顔を見ていると、止めどない涙が流れた。いくら袖で拭っても、どうにもならない涙だった。

ヴィンセント、とても悲しい夢をみた。
無限にも感じられるあの孤独の中で、あんたは遠くに見える女をひたすらに見つめていた。
あの広い荒野にただ一人、決して顔を見せない女を見つめ、あんたは一体何を考えていたのだろう。
孤独な夢を見ているあんたが、何故こんなに優しい言葉をかけるのだろう。
その瞳に私は映らない。あの夢の中でも、そうして今も。

「馬鹿だね」

自嘲気味に笑って言う。
ヴィンセントが名前を呼ぶ。私の髪を長い指で撫でながら。
その言動一つ一つ、ヴィンセントにとって深い意味など持っていないことを知っている。
夢の中で掴めなかったマントの裾をぎゅっと掴む。
「ユフィ・・・」
「すこし、このままでいさせて」
一言断って、瞼を閉じる。
暗い闇が私を襲う。




耳の奥で、女の泣き声が聞こえた。





05/12/21 meri.




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