上司の言葉と共に渡された書類は厚かった。
そのうち一枚を取り出して、顔を見つめてから輪郭をなぞってみる。
つい先日まで側にいたのに、まるでそれが幻だったかのような気分だ。
ルードは何も言わずにどこかへ消えた。表情を何一つ変えず、言葉も交わさなかった。

仕事から帰ったイリーナに伝えると、彼女は一度大きく目を見開き言った。
「嘘ですよね、」
何か言おうとしたのか、言葉を続けようとしたその口は言葉を探しあぐねて閉じられた。
先程取り出した紙をイリーナに手渡し、大きくとってある窓へ向かう。
窓から下を見下ろせば、ライトアップされた「神羅」という文字がそこにあった。
雨はまだ降っていた。先日から振り始め、ラジオでは今週いっぱい降ると言う。
「だって・・・前まであんな・・・」
レノは煙草を取り出し火をつけ、口に運んだ。
オフィスでは喫煙禁止です、といつも注意するイリーナは、今日は何も言わなかった。







ツォンが死んだ。
雨が何日も続く、寒い冬のことだった。







雨が降ると憂鬱になる。今の気分にそれは最悪だ。
「・・・葬儀はいつですか」
「そんなものはない、と」
「どうして・・・!!」
「俺達は何だ?イリーナ」
紙を握りつぶす音が背後でした。口から立ち上る煙を目で追う。
「・・・神羅製作所総務部調査課・・・タークスです」
「俺達にそれは必要か、と」
「・・・先輩は・・・先輩はツォンさんのことが好きではなかったんですか?」
「・・・」
煙が消えてから、窓を見た。雨は勢力を増していて、先程見えた神羅の文字も見えなくなっている。

暫くの沈黙の後振り返る。そこには今にも泣きそうなイリーナの姿があった。
「泣くなよ、と」
「泣きません。私もタークスです」
そう言うイリーナだが、一粒の涙が頬を伝う。
溜息をついて窓に向き直る。
ぐすぐすと、背後で泣く声がして、レノは深く煙草を吸った。
困ったように笑う笑顔がちらついた。古代種の女とは出会えただろうか。
古代種の神殿へ行くことを自ら志願した。それが命取りとなり、結局帰ってこなかった。
「お前の好きとは違ったが・・・それなりに気に入っていた、と」
嗚咽が大きくなった。振り返れば、大粒の涙を流すイリーナがそこにいた。

女の涙は苦手だ。どうせなら外で話せばよかっただろうかと思う。
雨に濡れれば、何が涙なのかも分からない。
「イリーナ」
「・・・はい」
「俺はタークスだ。お前もタークスだろう」
はい、嗚咽混じりの声が返ってくる。
雨は今週降り続く、プレートの下にいる人々は、雨の音を聞いているのだろうか。

「俺達に涙はいらない」
雨の音がオフィスに響く。そうだ、俺達には涙は必要ない。
タークスはなんだってする。人殺しも、誘拐も、何だって。
いつ死んでもおかしくない。その度に泣いていられない。そのうち涙は乾く。泣いていてはやっていけない。

「・・・オフィスには誰もいない。今だけだ」
その言葉にイリーナの泣き声が大きくなった。
鼻水と涙でぐちゃぐちゃの顔になりながら、イリーナが口を開く。
その声は嗚咽に紛れて聞こえなかったが、何を言いたいのかレノには理解できた。
頷きながら、頭を優しく撫でる。

窓を見る。雨は降り続けていて、オフィスに聞こえるのは雨の音とイリーナの嗚咽だけだった。
雨は全てを覆う。流してしまえばいい。レノは思う。イリーナの涙も、嗚咽も、全て流し、覆い隠してしまえばいい。



「ツォンさん、あんたもそう思うだろう?」
雨に向かい呟くと、雨の勢力がより一層強まった。










05/08/13 meri.




inserted by FC2 system