森を走って、追いかける。
見えた背中に名前を呼ぶ。




「エアリス!!」





膝に手をつき、息を整える。
空は快晴、雲一つない、綺麗な青空。

「ユフィ」

聞こえた声に、顔を上げる。
大きく見開いた綺麗な目と、鮮やかなピンクのワンピース。

「・・・どこ・・・行くんだよ」

息を整えながら言うので、なかなかすんなり言葉を言えない。
肩で息をするユフィに、エアリスは微笑して
「今日の夕御飯の買い物よ。食材を買いに」
そして、ユフィを見つめる。
さわさわと木々が騒ぐ。ユフィはエアリスから地面へと視線を移し、そしてまたエアリスを見据える。


「ユフィも、一緒に来てくれる?きっと、一人じゃ持ちきれないから」

「・・・・別に・・・」

良いけど、と消え入りそうな声でユフィが答える。
エアリスは、また笑って、ありがとう、と言った。

森の中に切り開かれた道を、二人は歩き出す。
さわさわと木が揺れ、優しい風が頬を撫でる。
息を大きく吸って、エアリスは空を見上げた。


「綺麗だね」

月、とエアリスが空を指さす。
ユフィはその指先を追って空を見上げると、そこには確かに月があった。
昼間に見る月は、夜とは違う、白い色をしていて、最後に空を見上げたのはいつだっただろうかとユフィは思う。
このように、空を見上げることも最近はしていなかったように思える。

「うん」

いつもなら、素直な言葉など出ない筈の口から、すんなりと素直な言葉が零れたことにユフィは驚いた。
口を手で抑えると、隣でエアリスの笑う声が聞こえた。

「今日はいつになく素直だね」

「・・・」

ね、とエアリスが顔をのぞき込む。
ユフィはそっぽを向いて
「いつも素直じゃん」

「マテリアだけには、ね」

くすくすと笑いながらエアリスが言い、また空を仰ぐ。
そしてまた、ゆっくりと月を見つめ、目を瞑る。

「エアリスは、月が好きなの?」

「うん」

「へえ、エアリスは太陽、って感じだけど」

そこで、またはっとする。
何を言っているのだろう、今日の私は。
きっと、エアリスはまた笑っているのだろうな、と思い隣を見れば、エアリスはまだ空を仰いでいた。
そして、ユフィの視線に気付いたのか、小さく笑って

「そうかな」

どこか淋しげに笑うその笑顔に、ユフィは少し戸惑ったが、うん、と頷く。
「太陽って感じだよ、エアリスは。いつも明るいしさ」
その言葉で、淋しげな笑みを浮かべるエアリスに、ユフィの胸はちくりと痛んだ。

「ありがとう」

微笑むエアリス。
そんなエアリスを、ユフィはとても哀しく感じた。
いつも、笑顔のエアリス。
泣き顔も、見せたことのないエアリス。
完璧なエアリスが見せた、先程の淋しげな笑みで心が軋む。
その顔をさせたのは自分のせいだとユフィは思ったし、エアリスはどのような言葉を望んでいるのだろうかと思った。

「・・・エアリス」

「なあに」

「・・・どこにも、行くなよ」




俯き言う。
こうやって追いかけてきたのは、それが不安だったから。
ふと周りを見渡すとエアリスの姿が見えなくて、クラウドに聞いて追いかけた。




「ユフィ?」

「どこにも行くなよ、エアリス」

風が止み、静寂が訪れる。

「荷物は私が持つから・・・今日の買い物の荷物も私が持つから・・・だから、エアリス。どこにも行くなよ」

「・・・どうかしたの?」

「不安なんだよ!!」

ユフィの声が、木々に当たって消えた。
ユフィは俯いたまま、言葉を続ける。

「不安なんだ・・・最近、エアリスはおかしい。
ぼんやり空を眺めたり、景色を眺めたり・・・まるで、一つ一つのことを忘れないように焼き付けてるみたいで・・・。
いつか、エアリスがここから──」

「ユフィ」

言葉を遮って、エアリスが名前を呼ぶ。
ユフィ、と、言い切るエアリスの声。
さくさくと、ユフィへと歩み寄る、エアリスのゆったりとした歩調。
全てはエアリスのもので、これはエアリス以外の人は真似できないことだと当たり前のことをユフィは思った。
だから、エアリスが消えてしまったら、このゆっくりとしたリズムも、エアリスの声も、全て私は失ってしまう。
嫌だ、エアリス。お願いだからいなくならないで。
ずっと、みんなと一緒にいようよ。


「大丈夫」


頬を両手で包まれ、こつりと額が重ねられる。
大丈夫、って何が大丈夫なんだよ、と言おうとしたけれど、口からは言葉は流れてくれなかった。
どうしてだろう、どうしてだろう。
胸騒ぎがする。エアリスはこんなにも優しく微笑んでいるのに、どうして胸騒ぎがするのだろう。
エアリス、エアリス。

「どこにも行かないよ。例え私がいなくなっても、ユフィが私を覚えている限り、私はユフィの側にいる」

「エアリス・・・」


それは、別れの時に言う台詞だよ、エアリス。
映画を、見たことはない?男は別れの時、ヒロインに言うんだよ。
君のそばにいる、って。ねえ、エアリス。エアリスは、言って貰う側じゃないの?
クラウドに、言って貰う側じゃないの?なのに、何で私に言ってるんだよ。


「何泣きそうな顔をしているの、可愛い顔が勿体ないよ」

頭を撫でられ、肩を持たれる。
そして、首を傾げてエアリスが笑う。

「ほら、ユフィ。早く買いに行かないと、みんな、心配するから」

エアリスがユフィの手を取り微笑む。
ユフィは頷いて、エアリスの手を握り返した。
温かいエアリスの掌。月も、こんな温度なのだろうかとふと思った。


エアリスと歩く森の中。
これが、エアリスと二人だけで過ごす、最後の時間となった。





























床に飛び散る鮮血。
そこに横たわるエアリス。



ユフィは呆然と、エアリスの変わり果てた姿を見つめた。
そしてゆっくりと、足を踏み出す。

溢れる涙を拭って、一歩一歩踏みしめるようにして歩く。
長い時間をかけて、エアリスの頬に触れるクラウドの隣に立つ。


クラウドはユフィを見上げて、そしてまたエアリスへと視線を戻した。
涙は流していなかった。ただ、青いクラウドの瞳は、より一層深みを増したような気がした。
目を閉じ、ぐったりとしたエアリスの姿。


あの森の中での、エアリスの言葉。


『どこにも行かないよ』

「・・・エアリス」





『例え私がいなくなっても』

「エアリス」





『ユフィが私を覚えている限り、私はユフィの側にいる』

「エアリス!!」






エアリス、エアリス、エアリス!!
名前を呼んでるよ、エアリスのことを思ってる、胸はエアリスでいっぱいだよ。
それなのに、それなのに、どうして?どうして目を瞑ったままなの。

額を合わせ、頬を包まれた感触もまだ残ってる。
手を繋いだ掌の温度も、その細い腕も、白い肌も覚えている。
頬を撫でた緑の風も、木々の葉が擦れ合う音も、全て。


それでもエアリスは目覚めてくれない。
私が名前を呼んでも、エアリスは目を開けてくれないし、もう、笑ってもくれない。



頭上を見上げると、そこからは光が注いでいて、私達を照らしていた。
ここからは、月が見えない。
エアリスが好きだと言った、月が見えない。
太陽があまりにも眩しくて、哀しいくらいにここは明るい。




かがんで、エアリスの手に触れる。
そこには死の冷たさがあった。



「ねえ、エアリス」










両手でエアリスの掌を包む。
エアリスの微笑み。エアリスの温度。










「そこから、月は見える?」












2005/05/05 meri.


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