「エアリスは付き合った人はいるの?」
それは唐突な質問だった。ベッドに腰掛けて髪を梳いていたエアリスは動きを止めて、ユフィを見る。
大きな目を一層大きくして、エアリスはユフィを見ていた。そして次には糸のように細めて笑った。
「どうしたの?急に」
ユフィには珍しいね、と言いながら、エアリスは髪を梳く作業を再開した。

エアリスはクラウドのことが好きだと思う。
ユフィは人の色恋沙汰にはそんなに敏感ではないが、エアリスの行動は分かりやすいものだった。
クラウドに積極的に話しかけ、花を見かけてはクラウドに見せる。まぶしいほどの笑顔を浮かべて。
鈍感なユフィにも分かるくらいだから、当のクラウドもエアリスの気持ちは知っているのではないかと思う。
クラウドはエアリスに冷たい態度をとっている。
たとえばエアリスが積極的に話しかけても、クラウドは無表情で冷たくあしらう。
花を見せても薄い反応だし、エアリスが笑いかけてもクラウドは笑わない。
もしエアリスの気持ちを知っている上での行動だったら、確実に脈なしだ。だが、クラウドは人の気持ちに鈍感だろう。
それは旅を続けるうちにいやでも分かる。

だが、いくらクラウドに冷たくあしらわれても、笑顔を返されなくても果敢にアピールし続けるエアリスを見ていると、
彼女は誰かと付き合ったことがあるのだろうかと思った。
エアリスは美人だ。美人の上にここまで積極的であるのなら、彼氏の一人や二人いただろう。
この旅が終わったらスラム街に帰って、花を育てる元の生活を始めるだろうがすぐに彼氏もできるだろうし、結婚もできるだろう。
脈のない男にアピールしなくても、エアリスには沢山の男を選べる立場にいるのだ。
なのに、なぜだろう。なぜエアリスは、無愛想なクラウドに冷たくあしらわれても笑顔を見せるのだろうか。

ユフィの短い人生の中で、「恋愛をしないと生きていけない」という人間は少なからず存在した。
エアリスもその部類の人間なのだろうか。楽しみやときめきが存在しないこの旅において、恋愛という潤いを求めているのだろうか。
それとも、もしかしてエアリスは誰とも付き合ったことがないのか。初めて好きになったのがクラウドだから、純粋で一途に思っているのだろうか。
単なる好奇心からの質問だった。エアリスの思いが実るのかは、正直どうでもよかった。

「ねえ、教えてよ」
エアリスの隣に座る。ベッドがきしむ音を立てて、エアリスの体がユフィのほうへ傾いた。
良いにおいがユフィの鼻腔をくすぐった。以前エアリスとティファが良いにおいがする石鹸について熱く語っていたのを思い出す。
その石鹸を今度買おう、とエアリスは意気込んでいたので、その石鹸の匂いかもしれない。
「……付き合ってはいなかったよ」
エアリスの言葉に、ユフィは首をかしげた。
「え、どういうこと?」
「いいな、って思ってただけ」
エアリスは言うと、ふふ、と笑った。大切な宝物を見せて、これいいでしょ、と言う幼女のような笑顔だった。

「告白しなかったの?」
「うん」
「なんで?」
「……いなくなっちゃったから」
「いなくなった?どういうこと?」
ユフィの質問に、エアリスは
「今日のユフィは、質問たくさんだね」
と、笑って言った。その言葉に、ユフィは「だって知りたいんだもん」とまるで幼子のように言い返す。
「わたしに、興味を持ってくれたの?」
エアリスを見ると、彼女は花のような笑顔でユフィを見つめている。
「ユフィ、マテリアにしか興味を持っていないのかと思ってた。だから、嬉しいな」
にこりと笑うその笑顔に、ユフィは思わずため息をつきそうになった。
いつもこうだ。あたしはエアリスと話すと、いつも彼女の調子に巻き込まれて肝心なことが聞けない。
エアリスは人のことは知りたがるのに、自分のこととなるとうまくかわして教えてくれないのだ。

「エアリスはずるいよ」
「え?」
「いっつもそうやって、うまくはぐらかす」
「……そんなつもりはないんだけどなあ」
エアリスは少し困ったような顔をした。無自覚の上での行動ならば余計性質が悪いとユフィは思った。
「その人にどうして告白しなかったの」
再度同じ質問をする。
エアリスは先ほどのように笑いはしなかった。ユフィの言葉を丁寧に受け取って、しばらくそれを吟味するような時間があった。

「勇気がなかったの。怖かったのよ」

エアリスは恥ずかしげに笑って、言った。
「二人の関係が壊れるのが怖かった。ありがち、でしょ?」
同意を求めるように、首をかしげて言う姿にユフィはうつむいた。
「クラウドには何も伝えないの?」
「……どうかなあ」
ぼんやりとした口調でエアリスは言って、黙ってしまった。

「自分の気持ちを伝えなきゃ、なかったものと同じじゃない?」
冷めた口調でユフィは言った。
いくら心の中で想っていても、口に出して相手に言わなければ、それはなかったものと同じだ。
たとえばクラウドが別の誰かと付き合ってしまって、エアリスが「わたしも好きだった」と言ったところでそれは無かったものと同じなのだ。
エアリスはユフィの言葉に笑った。
「そうかもしれないね」
そう言って、笑っていた。笑える話でもないのに、エアリスは笑っていた。









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