わたしは道を歩いていた。
わたしと同じ瞳の色に染まったこの森で、人間はわたし一人。
風は吹かず、頭上から降り注ぐ光が暖かい。わたしを見下ろすように、木のアーチができる。
泣き声が聞こえた気がして、わたしは足を止めた。
ロッドを強く握って辺りを見渡すが、声の主は見当たらない。
しかし、声は確かに聞こえていた。振り返ると、今歩んできた道に彼の姿があった。

彼はうずくまり、頭を抱えていた。声の主は彼だった。
「クラウド」
わたしが名前を呼ぶと、彼は顔を上げた。彼は病人のように、真っ青な顔をしていた。
「エアリス」
「クラウド」
わたしたちはそう言って、バカみたいに見つめあった。
彼はわたしを見てから、周りを見渡す。
「ここはどこだ」
「クラウドの知らない場所よ」
チチチ、と鳥の鳴き声がした。見上げると、小鳥が風のない空を飛んでいる。
「わたしは、だいじょぶだから」
胸がずきんと痛んだ。クラウドは首をかしげわたしを見ている。

ロッドを握る掌が汗ばむ。だけど、もう戻れない。
わたしは彼を抱きしめてやりたいが、それはできない。それはわたしではなく、誰かでもなく、彼女がやるべき役目だ。
わたしの役目は森を抜けて、人々から忘れられたあの都に行かなくてはいけない。
人には人の役割があるのだ。

「わたし、だいじょぶだから。クラウドはクラウドの心配、してて」
「頬は」
「そんなの、へっちゃらよ。なんていったって、スラム育ちだもの。だから、気にしなくていいのよ」
「気にしなくていいなんて、そんなの無理だ」
「だったら、気にしたら?気にして、気にして、思い切り悩むの。人間らしいこと、沢山すればいい。今は自分のことを第一に考えて、思いっきりわがままになればいい」
「エアリス」
「行かないと」
彼の言葉を遮って、わたしは笑って見せた。笑うのには慣れていた。

ロッドを握りなおすと、強く握り締めていた手がじんとした。
ああ、そういえば。
昔、手を握られたことがある。握り締めてくれたのは産みの母だ。
神羅は寒かった。暖房のない部屋で、唯一の温かさは母の体だった。
わたしたちは体を寄せ合って眠っていた。わたしはあるとき母に尋ねた。

お父さんはどこへ行ったの、と。

わたしが物心ついたときから父の姿はなかった。
母から父は死んだと聞かされていたので、この世にいないことは理解していた。
わたしの中での父親像とは、世間一般的ないわゆる頼りがいのある男の人だった。
ツォンよりも誰よりも大きくて、わたしと母を守ってくれる絶対的な存在。
そんな父は死んでしまったらしい。だが、父はどこへ行ったのだろうか。死とはどのようなものだろうか。

『本にはもう会えないって書いてあったよ。この世に会えないところなんて、あるの?』
わたしの問いかけに、母は微笑んだ。今際の際まで、笑顔を絶やさぬ人だった。
『会えないところなんてないのよ』
母は言うと、わたしの掌を両手で包み込んだ。しもやけに荒れた手が、わたしは大好きだった。
『エアリスのこの手の中に、お父さんは息づいてる。土にも、お父さんは息づいてるの。全部終わったら会えるわ』
『全部?』
『そう、全部』
全部って、なんだろう。
わたしは考えていた。全部とは、なんだろう。


わたしの掌に、母のあかぎれた手が浮かび上がる。
あんなに大きく思えた母の手と、わたしの手の大きさはそこまで変わらないだろう。
顔を上げて、彼を見た。彼は相変わらず青い顔。
そういえば、彼のこんな顔を見るのは初めてだ。
「クラウド」
願いを込めよう。幼い頃、母が自身に言い聞かせるように言ったあの言葉を、あなたに向かって。

「全部終わったら また、ね」

とびっきりの笑顔を見せるわ。この笑顔を忘れないでね。
身を翻し走り、背中から聞こえる声を振り切った。

お母さん。あなたはお父さんに会えましたか。
全てが終わって、お父さんに会えましたか。
わたしは、クラウドに会えますか。
わたしはみんなに会えますか。
みんなが心の底から笑い合えるその日わたしはそこにいますか。

『全部終わったら また、ね』


それは魔法の言葉。わたしを動かす原動力。






2007/02/22 meri.






inserted by FC2 system