久しぶりの故郷を目の前に、シドは煙草を吸っていた。
足下には煙草の吸い殻が散らばっていて、随分前からここにいたことを伺わせる。
見上げた夜空には星が輝いていた。
いつ飛んでもいいようにちゃんと整備していたロケットはもうこの村にはない。
今は宇宙で破片となり、この星の周りをぐるぐると廻っていることだろう。
シドは口にあった煙草を捨て、新しい煙草に火をつけた。

なんだか家出少年のような気持ちだとシドは思う。
タイニーブロンコに乗って、何も言わずに飛び出して来てしまった。
シエラとは、宇宙に飛び立った日以来会っていない。
ロケット村はなにも変わっていなかった。帰り着いたのは夜遅く。昼に帰ると皆に囲まれて大変だと思っての夜の帰省、それはただの強がりだった。
本当は、村を目の前に動けないでいた。メカニックの仲間は温かく迎えてくれるだろう。だが――。

シドは煙草をゆっくりとふかして、家へ向かった。
もしかしたら、あいつはいねえかもしんねえなあ、あいつはとろいが、顔はいい。
思った言葉を否定する。何を考えて居るんだ俺は、と口にくわえていた煙草を地面に落とし、踵で踏みにじった。
なるべく前は見ないようにした。できるだけ地面を見るように。
村は静まり返っていた。家々の明かりは消えていて、空を見上げるとあの憎たらしいメテオ。
ロケットのないこの村、ロケットがないのにロケット村だなんて変だなあ、と鼻で笑う。

暗い地面を見つめ、大きく息を吸う。
俺は何をやってんだ、天下のシド様が家に帰るのが怖いだと?
意を決して顔を上げる。目線の先の家には明かりがついていた。
シドは今までにないほど、大きく息を吐いた。それは安堵の息だった。
それに気付いたシドは小さく舌打ちをして、煙草をもう一本、口へ運ぶ。

こんこん、とドアをノックすると、人が小走りでドアに向かう足音が聞こえる。
ゆっくりとドアが開き、暗闇に光が漏れる。目の前に現れたシエラは、シドを見て目を見開いてから、にこりと笑った。

「お帰りなさい」

ついさっき出かけた者にいうような言い方だった。
シドは頭をがしがしと掻いてから舌打ちをして、シエラを押しのけ家へ入った。
何も変わっていなかった。家具の配置も、懐かしい油と機械の香りも。

「おい!何ぼーっと突っ立ってんだよお前はよ!茶ァくらい出せねぇのか!!」
ドアを閉めて、シドを見て微笑んでいるシエラにいうと、シエラはごめんなさい、と小さくいってキッチンへ向かった。
シドは乱暴に椅子に座り、煙草を吹かしながらシエラの後ろ姿を眺めた。
シエラも変わっていなかった。とろいのも、シドが怒ると小さく謝るところも。
シエラが振り返る。シドは慌ててシエラから目をそらした。首を傾げ、シエラがコーヒーを持ってくる。

「どうぞ」

テーブルにコーヒーが置かれる。
シドはぶつぶつ文句を言いながらコーヒーを一口飲んだ。

「おい、こんな夜中まで電気をつけると電気代が馬鹿にならねぇだろうが!!」
シドの言葉にシエラが再度、ごめんなさいと小さく呟いた。
「艦長がいつ帰ってきてもいいようにと思って・・・」
その言葉を聞いて、シドはぼんやりとシエラを見つめてから、ぽりぽりと頭を掻いた。
もしかしたら、俺はもうここに帰ってくることができないかもしれない。
暫くの沈黙の後、シドが口を開く。

「今日帰ってきたのはな・・・」

床に目線を落とす。
シエラの顔を見ると決心が鈍ると思った。

「明日・・・決着をつけに行く。それで、最後に故郷へ帰ってきた、っつーわけよ」

コーヒーに手を伸ばし、口に運ぶ。
口に苦い味と香りが広がる。
ゆっくりとそれを飲んでから、口を開く。

「・・・本当はよ、怖くて仕方ねえんだ。
こんなに遅くなったのもよ、お前が居なかったらどうしようとか考えちまって・・・。
俺は行くぜ、星を救いによ!・・・だけどな・・・もしものことを考えるとよ・・・」

くだらねぇよな、シドが小さく呟く。
こんなこと話すつもりはなかった。ここまで話すつもりはなかった。
明日決着をつけに行くんだ、なーんてこたぁねぇ、俺様がちょいちょいっと倒してくっからよ!
こんな調子でいうつもりだった。だが、シエラがいると俺は調子が狂っちまう。
機械じゃねえんだからよう。シドがうなだれた時、手の甲に温かい温度が触れる。
驚いて顔を上げると、シエラが微笑んでいて、シドの心は温まった。

「私、待ちます」

シエラが続ける。

「いつまでも、ここで待ってます。だから、艦長・・・生きて帰ってきてください」

シエラは微笑んだままで、シドはそんなシエラを見つめて目元を拭った。
「畜生、お前は俺を待ってて、どこにも行かねえつもりかよ。折角の女がよ、台無しだぜ」
シドの言葉にシエラが首を横に振る。
「艦長に温かいコーヒーを出すのが私の幸せです」
微笑むシエラの言葉に、突然シドが椅子から立つ。

「あー!!くだらねえこと話してたらコーヒーが冷めちまった!
シエラ!新しく茶ぁ入れ直せ!俺は今からメカをみてくっからよ!!」

背を向けて、腕で顔を拭う。口にはまだあのコーヒーの香りが広がっていた。

「・・・シエラ」

振り返って、シエラを見る。シエラはコーヒーカップを片手にキッチンに立っていて、シドの言葉に振り返る。
「何ですか?」
首を傾げるシエラに、シドは大きく息を吸う。

「帰って来れたらよ・・・」
一度大きく咳払いして続ける。



「その・・・・お前のコーヒー、飲みてえなあ」



柄にもないことをいう自分が恥ずかしく、シドはすぐに俯いてシエラに背を向ける。
きっと顔は柄にもなく赤くなっていることだろうと思った。そんなの見られたら俺は死んじまう。

「怒られないように、美味しいコーヒーを煎れる練習をします、シド」

シエラの言葉に振り返る。
シエラは満面の笑みでそこに立っていて、シドはそんなシエラを見てほっとした。

そうだ、俺はこいつに救われてる。
あの時のロケットも、こいつがいなくちゃ俺は死んでいた。
俺が何を言っても、乱暴な言葉を使ってもこいつは笑って決して怒らない。
なんだ、俺はこいつがいなくちゃなにもできねぇじゃねぇか。

シドはそれを理解した。
シエラがここにいるから俺は帰って来るんだとシドは思い、シエラに歩み寄る。

「・・・お前のコーヒー飲みながら、俺様の武勇伝を聞かせてやる。土産はあのでっけぇメテオでいいだろ?」

シドの言葉にシエラが笑い、シドも一緒に笑った。
手を伸ばして、シエラの手を握る。
その手はかさかさで、機械を愛している者の手だった。




















2005/07/02 meri.








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