セフィロスを初めて見たのは、神羅に入社してすぐのことだった。
プレジデント社長に連れられ現れたセフィロスに、会場はおののいた。
新聞やテレビで見た英雄が目の前にいる。俺たちと同じ空気を吸って、そこに存在しているという現実に会場が揺れる。
芸能人の酔狂的なファンの心境が、今なら分かるかもしれないとクラウドは思った。
カリスマ性に満ちたセフィロスを、生で見られたことだけでクラウドは十分だった。
だから、信じられないのだ。今こうして、セフィロスが隣にいることが。

「セフィロスさん、俺……あなたにあこがれて、神羅に入ったんです」
クラウドの言葉に、窓から外を眺めていたセフィロスは大儀そうにクラウドを一瞥すると、無言で視線を窓へと戻した。
何の返事も返されないことに、クラウドは頬が熱くなるのを感じた。「そうか」とか、「ふうん」とか、何かしら反応があると思っていたからだ。
セフィロスは冷静沈着で、表情をめったに変えることがないということは噂で知っていた。
口数も少なく、必要最低限のことしか話さないという話も聞いていたが、これがそうなのか。
勇気を出して話しかけたのに、とクラウドは小さくため息をついた。

「名前は」
ふと、耳に触れた言葉にクラウドは顔を上げた。一体だれが言ったのか分からなかった。
だが、いまこの空間にいるのはセフィロスとクラウドだけなので、誰が言ったのかはすぐに理解した。
「あ、クラウドです。クラウド・ストライフ」
焦って舌を噛みそうになるのを必死にこらえながら、クラウドはやっとのことで名前を伝えた。
「そうか」
セフィロスは視線を窓から外さずに、それだけ言うと椅子からおもむろに立ち上がった。
「その髪の色は――地毛か?」
「は?」
予想外の言葉に、クラウドは口をぽかんとあけてしまった。
そんな質問をされるのは初めてではないが、まさか英雄セフィロスにそんなことを聞かれるとは思わなかったからだ。
「地毛なのかと聞いている」
まるで地の底を這うような言葉に、クラウドは背筋をぴんと伸ばした。
「はい!地毛です!」
力強く言った。かつて、こんなにも力強く「地毛です!」と言ったことはなかったので思わず笑い出しそうになったが
セフィロスの鋭い目に見つめられると、笑いだしただけで殺されそうなのでぐっとこらえた。
セフィロスはクラウドの言葉に満足したのか、静かに部屋を後にした。
ドアが閉まる音で、ふにゃふにゃと体が崩れる。背もたれに体を預け、クラウドは「なんだったんだ……」とつぶやくことしかできなかった。

ザックスは一連の話を聞いて、声を上げて笑った。
その声は食堂に響いたので、クラウドとザックスは周囲の人間の視線に射られることとなった。
慌てるクラウドをよそに、ザックスはなおも笑い続けている。
「なんだそれ!セフィロス頭でもイッちゃってんじゃねえの!」
いやあ、愉快愉快と言いながら、ザックスはカレーを口に運んでいる。
セフィロスに対する暴言に、クラウドはまた慌てることとなった。セフィロスは神格化された部分もあり、セフィロスを侮辱するような言葉を発すると喧嘩が勃発してもおかしくない。
だが、ザックスはそれが怖くないのか、それとも深く考える頭を持っていないのかクラウドの心配を知る由もない。

「でもさあ、ラッキーだよ、それ」
ザックスの言葉に、クラウドは首をかしげる。確かにセフィロスと話せたことはラッキーだったが、聞かれたのは地毛かどうか、ということだけだ。
一体どこがラッキーなのかクラウドには理解できない。
「セフィロスが人に興味を持つなんて、信じられないし、俺」
「いや……正確にいうと俺に興味を持ってるんじゃなくて、俺の髪が地毛なのかどうかにあの人は興味を持ってる」
「でも、髪はクラウドの一部じゃん」
何言ってんの、という風にザックスは言う。確かにそうかもしれないが、何かが違うとクラウドは頭を抱えた。
ザックスもセフィロスも、人と会話をするということができないのか、それとも俺がおかしいのか。
クラウドは考えた。だが、もうセフィロスとあのように話すことはないだろう。俺の頭に興味を持たれたのは理解できないが、思い出作りにはよかったかもしれない。
そう考えると、まあいいか、という風に思えた。中にはセフィロスと話したくても話せない奴だっているのだ。
そんな人からしたら、うらやましいことに違いない。
無邪気なザックスに、今日は感謝しよう。

だが、そんなクラウドの考えをよそにセフィロスがクラウドに接近する頻度が高くなった。
声をかけたり、肩を叩いて労ったりするわけではない。ただクラウドを見つめ、そして音もなく静かに消えていく。
「一体、どういうことなんだ」
クラウドは1人つぶやいた。一体どういうことなのかと同期に聞かれるが、そんなことクラウドが知るわけがない。
逆に理由を教えてほしいくらいだ。俺は一体何かしただろうか。この髪の色が派手すぎるのだろうか。
そう考えると、すべてに合点がいく。
金髪の奴なんて、ここではクラウドくらいしかいない。周りは黒髪か茶髪で、クラウドの髪は目立つのだ。
そしてセフィロスは綺麗な銀髪だ。銀髪がセフィロスのアイデンティティなのだとしたら、クラウドの金髪はセフィロスからして気に障るものなのではないか。
いわゆる「かぶってる」というやつだ。髪の色が独特という「キャラ」がかぶっているのだ。
これだ!とクラウドは手を叩いた。
だからセフィロスはあんなにクラウドの髪を気にしているのだ。

(だが、はたしてこんな子供じみた理由で俺のことを苦々しく思うのだろうか?)

クラウドは考えたが、答えはそれ以外に考えられないのだ。
セフィロスはいわゆる有名人だ。そんな彼にとって、自身の髪の色は重要なのだ。
だから俺の髪が気に入らないのだ。そうならば話は早い。髪を染めよう。
黒髪にしてしまえば、セフィロスの気に障ることもないのだろう。クラウドはわくわくとした気分になった。

黒髪の自分を見たときは驚いた。
鏡やガラスに自分が映ったときは、思わず飛び上がってしまう。
また、眉の色と髪の色が合わないことが気になるが解決策をクラウドは知らなかった。
とりあえず、今のクラウドにとっての最重要課題はセフィロスに目をつけられない、ということだった。
もしセフィロスに目をつけられたら、ソルジャーになるという夢が断たれるかもしれない。そのような事態は何としてでも避けたいのだった。

「え?お前クラウド?」
ザックスはクラウドの髪を見ると、まずその言葉を発した。
そしてクラウドであることを確認すると、今度は笑い出した。予想できたことだが、やはり人から笑われるのは楽しくない。
思わず仏頂面になるクラウドに、ザックスは「ごめんごめん」と謝った。
しかし、謝ったあとすぐにまた笑いだし、「ごめんごめん」と神妙な顔をして謝るとまた笑うのだった。
悪気があってしているわけではないとクラウドは理解しているが、何度も繰り返されるその行動にイライラする。
「しょうがないだろ!セフィロスが俺を嫌ってるのは金髪のせいだったんだから!」
思わず大声を上げてしまい、クラウドは慌てて口を押さえた。
辺りに人がいなかったかと確認しようと振り返ったクラウドの目に、1人の人物が映った。

セフィロスだった。
こちらに向かって歩いてくるセフィロスだった。
彼はまだクラウドとザックスに気付いていない様子だ。見慣れた廊下も、セフィロスがそこにいるだけで別世界に見える。
同じ空間にいることが以前はあんなに嬉しかったのに、今のクラウドにとっては恐怖でしかなかった。
「あ、セフィロスだ」
隣のザックスが能天気な声で言う。クラウドの心配をよそに、ザックスはセフィロスに向かって大きく手を振った。
「おーい、セフィロス!」
思わずクラウドは叫びそうになった。何を考えているんだこの男は、と殴りたい気持ちになる。
セフィロスが顔を上げて、ザックスを見た。クラウドには気づいていないのか、視線はザックスにしか向けられていない。

ザックスの肩をつかみ、小声でたずねる。
「ザックス!俺の話聞いてたよな!」
「もっちろん。だから、呼んだんだよ」
ザックスの笑顔と、軽い言葉にクラウドは目まいを覚えた。
頭が混乱しているクラウドにとって、ザックスの言っている意味が分からない。
コツコツと軽やかな音を奏でて近づいてくる足音が聞こえる。クラウドは目を伏せて、その人物を見ないようにした。
足音の主は考える必要もない。セフィロスだ。正宗を腰に下げて、彼がこちらに向かってきている。あこがれの人物が歩いている姿がクラウドにはありありと想像できた。
きっとセフィロスは無表情で近づき、クラウドを見た瞬間に鋭い眼がより一層鋭さを増すのだろう。
その目にはクラウドに対する嫌悪しか存在していないのだ。
もしかしたら神羅をクビになるかもしれない。俺は一体どうなるんだ?どういう顔をして故郷に帰れと言うんだ?

「あのさあ、クラウド。髪を真っ黒に染めたんだろ?それでセフィロスの反応を見ようぜ。お前の目的はなんだよ?」

顔を上げると、ザックスはクラウドの顔を覗き込んでいた。
クラウドは思い出す。髪を黒に染めた理由を。
(セフィロスは俺の髪色を気に入っていないから、黒に染めた)
思い出した。そうだ、俺の今の髪色は黒なのだ。ザックスと同じ黒、みんなと同じ黒なのだ。
金髪じゃない。だから、セフィロスに睨まれることはないんだ!
世界が輝いて見えた。
数秒前までは本気で殴りたいと思ったザックスをいとおしく感じた。

クラウドの瞳が輝くのを見たザックスは、一度うなずいてほほ笑んだ。

廊下に並んでいる二人は奇妙だった。
にこにこ笑っているザックスとは対照的に、クラウドは今にも死にそうな顔をしている。
顔色は真っ青で、唇も心なしか紫色に見える。
ザックスは横目でそれを見て、笑顔でセフィロスと話しながらも心配していた。
セフィロスがザックスと会話を始めてから、クラウドの様子がおかしい。
挙動不審なのは以前からだが、今回はそれ以上におかしいのだ。
先ほどは瞳を輝かせていたというのに、セフィロスが近づくにつれて瞳の輝きは失われていった。
それからというもの、顔を上げずにひたすら床を見つめている。なにか面白いものでも落ちているのかな、と思いクラウドの視線の先を見るが、そこにはなにもない真っ白な床だった。
セフィロスがクラウドに気付く様子はない。ザックスのくだらない話を黙って聞いている。

珍しいな、とザックスは思った。

いつものセフィロスなら、ザックスの雑談には耳を貸そうとしない。無視するか、まるで競歩のようなスピードで遠ざかるのだ。
(セフィロスは走らないよなあ)
ザックスはぼんやりとその時のことを思い出し、光の速さで消えてしまうセフィロスの後姿を思い浮かべて笑った。
やばい、とセフィロスを見れば、彼は無表情でザックスを見下ろしていた。
「あはは、ごめんごめん。思い出し笑いしちゃってさ」
笑って取り繕うが、当然、セフィロスは笑うことはない。眉ひとつ動かさずにザックスを見ている。
気まずい空気になって、頬をぽりぽりと掻く。

視線を横に滑らせて、クラウドを見る。
クラウドは目をつむっていた。なるほど、クラウドは背が低いからセフィロスは気付かないのかな、とザックスは思った。
たとえば、ドアスコープを覗いても来訪者が小さな人だったら、見えないのと同じように。
「あのさあ」
ザックスが声を上げて、クラウドをずいと前に押し出した。
先ほどまで目をつむっていたクラウドの目が大きく見開かれるのをザックスは見た。綺麗な瞳だった。
「これ、クラウド。セフィロス知ってるだろ?あの金髪のクラウドだよ」
セフィロスが視線をクラウドに向ける。
流し眼で見る仕草は、なんとも色っぽいものだった。こいつが女だったらいいのになあ、と思ってすぐ、花売りの彼女に心の中で謝った。
「黒髪にして笑えるんだ。な、笑っちゃうだろ?」
ザックスの言葉に、セフィロスは表情を硬くした。予想外の反応に、ザックスの顔から笑みが消えた。

沈黙が辺りを包んでいる。最後のザックスの言葉からどれだけの時間が経っただろうか。
もしかしたら1、2分かもしれない。しかし、ここにいるとその短い時間すら数時間に感じられる。
居心地の悪さが度を増してのしかかる。あと2分でもここにいたら、俺は死んでしまうとザックスは思った。
沈黙を破ったのは、先ほどまで死にそうな顔をしていたクラウドだった。
「あの……セフィロス、さん?俺の髪の色、気に入ってくれましたか?」
恐る恐ると言った口調だった。
セフィロスは何も言わないで立っている。その視線は虚空に向けられていた。またしても重苦しい沈黙が再来する気配にザックスは身震いする。
もしかしたらクラウドは死んでしまうのかもしれない。それは何としてでも避けなければならなかった。
「セフィロス、なんとか言ってやれよ。セフィロスはクラウドの金髪が気に入らなかったんだろ?」
何も言わないセフィロスと、顔を真っ青にしているクラウドに助け船を出してやる。
虚空を見つめていたセフィロスがザックスに視線を移し、そしてゆるゆると首を横に振った。

「……ひよこが……」

セフィロスはぽつりと言って、また首を横に振った。
ともすれば聞き落してしまいそうな言葉だった。しかし、ザックスはその言葉をしっかりとキャッチした。地獄耳でよかった、とこの時ほど嬉しく思ったことはない。
「ひよこ?なにそれ」
ザックスの質問に、セフィロスは黙っている。
失言を悔いているのか、それともザックスの声が本当に聞こえていないのかは分からない。
セフィロスはふらふらと壁へもたれかかり、じっとしていた。クラウドは顔を上げてセフィロスを見、そしてザックスを見た。
しばらく二人は見つめあった後、同時に首をひねった。

(セフィロスは一体どうしたんだろう?)

これが二人の心境だった。
ザックスとクラウドが同じ気持ちになったのは今までになかったし、きっとこの先もその回数は限りなく少ないであろう。
いつも冷静沈着、どんなことにも眉ひとつ動かさずに事態を収拾するセフィロスに似ても似つかないこの不可解な言動は、一体どういうことだろう?
(……ひよこが……)
これがもっとも意味不明な言葉だ。
クラウドにその言葉は聞こえていただろうか。
クラウドに教えてやろうかと思うが、ザックスが少しでも動いたり油断を見せると、セフィロスは以前のように光の速さでどこかへ消えてしまいそうでそれはできない。
なんとしてもセフィロスの謎を解きたいと思った。
この星の誰も知らないセフィロスの一面を、俺たちは見ることができるのかもしれない。
そう思うと、胸が躍った。
絶対にセフィロスを逃がしてなるものか。地の果てでも追いかけてやる。

一方、クラウドはザックスの予想通りセフィロスの言葉が聞き取れないでいた。
その時、当の本人はそれどころではなかったのだ。
何も言わないセフィロス、この重苦しい空気は一体何だ?俺の頭がそんなにいけないのだろうか?それとも、彼は黒髪も気に入らないのだろうか?
心臓が早鐘を打っていた。今にも心臓が張り裂けそうだった。
そんな状況だったから、セフィロスが言った言葉は聞き取れなかった。
しかし、続けていったザックスの言葉は聞き取れた。
「ひよこ?なにそれ」と、いう言葉を。

壁にもたれているセフィロスは、じっと動かずにクラウドとザックスを見比べている。
クラウドは、ひよこの頭だ、といじめられたのを思い出していた。

あれは故郷でのことだった。村でも金髪なのはクラウドだけだった。
両親は金髪ではないのに、なぜ自分は金髪なのだろうかと幼いクラウドは思い悩んだ。
外へ出たら、近所の悪がきが「クラウドの頭はひよこ頭」「クラウドはもらいっ子」と囃したてた。
セフィロスもまた、クラウドの頭からひよこを連想し、そして俺をからかっていたのか。
(あの英雄セフィロスも、幼いところもあるんだな)
クラウドはぼんやり思った。別に嫌な気持ちはしなかった。
セフィロスはあの悪がきのように囃したてるようなことはしなかった。ただ遠目にクラウドの髪を見つめているだけだった。
それはとても奇妙で居心地の悪いものだったが、この頭がきっかけでセフィロスをこんなに近くで見ることができるのだ。
理由はどうあれセフィロスは俺を嫌っているわけではないのだろう。
それが最もクラウドを安堵させた。

「クラウドの頭がひよこみたいで気になってたわけ?」

ザックスの言葉に、クラウドは現実に引き戻された。
笑いをこらえているのがクラウドには分かった。ザックスは心底うれしそうにセフィロスを見つめていて、セフィロスは眉根を寄せている。
ザックスはきっとセフィロスを帰すつもりはないのだ。
こんなチャンス二度とないと思っているに違いない。
それにセフィロスも気づいているのだろう。不快な気持ちを表情に出しているものの、決してそこから動こうとしない。
まるで戦場のように張りつめた空気だった。ただの廊下も、ソルジャー1stがにらみ合いを続けると戦場と化すのだ。

「俺は、クラウドの頭はチョコボにそっくりだと思うけどなあ!でも、黒髪にしちゃったからチョコボじゃないよなあ。もちろんひよこでもない」
ザックスは言いながら、クラウドの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
乱暴な手つきに、クラウドの頭が前後左右に揺れて頭がくらくらした。
「セフィロス、理由を教えろよ。クラウドは気にして黒髪にしたんだ。クラウドには知る権利があるだろう」
ザックスの顔は至極真剣だった。その理屈からしたら、ザックスには知る権利はないだろう。と、クラウドは思ったが口にはしなかった。
真っ当なことを言っているようでどこかおかしなザックスの言い分に、今まで沈黙を守り、微動だにしなかったセフィロスが僅かに動いた。

堪忍したような表情だった。
セフィロスは考えていることをなかなか口にしないが、その代わり僅かに表情が変わることにクラウドは気付いた。
クラウドよりも長い付き合いのザックスには、微細な表情の変化が手に取るように分かるのだろう。
また、セフィロスをその気にさせる方法も知っているのだ。

「昔……ひよこを飼っていた。大切に育てていたのだが死なせてしまった。だから、クラウドの髪色を見ると……」
セフィロスはそこで言葉を止めた。
顎に手を当て、なにかを思案するような間があった。
そのひよこを偲んでいるのか、それとも別のことを考えているのかはクラウドには分からなかった。
ただ分かったことは、隣のザックスがうつむき、下唇を強く噛んで笑いをこらえていることだけだった。

「なんだ……それならよかった」
クラウドは言った。肩の重荷がすとんと下りて、今日は安心して眠れそうだと思った。
ザックスも俯くのをやめ、クラウドを見て笑った。良かったなあ、とその瞳が言っていて、クラウドも自然と笑うことができた。
こんなに自然に笑えるのはいつ振りだろうか。
神羅に入社してから、自身のコンプレックスに思い悩んでいた。自己評価が低く、それでいてプライドが高いクラウドは笑うという表情を、ここ暫く忘れていた。

(ああ、セフィロスもそうなのかもしれない)

クラウドは笑うのをやめて、セフィロスを見る。
皆がセフィロスを英雄だと崇め、そして神格化する。
それをセフィロスは日々の生活の中で、否応なく感じるだろう。皆から崇められる生活とは、どんな気分のものだろうか。
平凡なクラウドには分からないが、想像することはできる。
心を許せる人が、この人にはいるのだろうか。悩みを話せる人がセフィロスにはいるのだろうか。

「セフィロスも子供だなあ!」
けたけたとザックスが腹を抱えて笑っている。よかったなあ、クラウド!と背中を思い切り叩かれて、息が詰まった。
感情をそのまま口にして、素直な言葉で人と関わりあうザックス。
だから、セフィロスはザックスとよく一緒にいるのかもしれない。
ザックスはセフィロスに気を使うなんてことをしない。俺みたいに、セフィロスに対して遠慮をしない。
そんなザックスの存在に、セフィロスは救われているのではないだろうか。
それは全てクラウドの想像で、本当のことは誰にも分からないだろう。
クラウドにもザックスにも、もしかしたらセフィロス本人も分からないことかもしれない。
だが、今はそうしておきたかった。そうすることで、セフィロスを身近に感じたいと思った。
セフィロスも同じ人間だということを、今は強く感じたい。

セフィロスと目が合う。
彼はクラウドを見下ろしていて、そして髪に視線をうつした。
手を伸ばし、クラウドの髪を触る。
「……これからも、黒髪のままで過ごすのか?」
セフィロスがぽつりとつぶやいた。セフィロスはじっとクラウドを見つめている。
「……いえ……元に……戻します」
威圧感に圧倒されながら、クラウドは途切れ途切れに答えた。
みんなから変に言われるし……と付け加えると、セフィロスはうなずいてクラウドから離れる。
「それならいい」
一言言って、セフィロスは身をひるがえして廊下を歩きだした。
颯爽と歩く姿は美しかった。宗教画から出てきた神のような姿を見て、皆が神格化するのも仕方ないのかもしれないとクラウドは思った。
いつかセフィロスが気取らずに生活できるようになれればいいのに、と思う。
それができるのはザックスといった優秀な人なのだろう。平凡な自分には無理なのだと思うと、胸がチクリと痛んだ。

「いやあ、今日は面白かった」
隣のザックスが言って、「な!」とクラウドに同意を求める。
その言葉にクラウドはうなずいた。遠ざかるセフィロスの背中を見つめ、先ほどまであの人と話していたんだなあ、と思うと夢のようだった。
「おかしいと思ったんだよ。セフィロスが俺の話に付き合うなんて、普通にありえないことだから。クラウドがいたから話に付き合ったんだなあ」
ザックスの言葉が理解できなくて、クラウドは「え?」と声を上げた。
やれやれしょうがないな、と言う風にザックスがクラウドに向き直る。だから、と前置きしてザックスが口を開く。

「あいつ、黒髪のクラウドに気付かない振りして絶対最初から気付いてたんだよ。だから俺の話にも付き合ってたってわけ!あー、なんかむかついてきた」

ぶつぶつ言いながら、ザックスが歩きだす。
セフィロスは最初から俺に気付いていた?本当に?
クラウドはセフィロスの背中を見つめてから、ザックスを追いかける。

なあ、セフィロスのことをもっと教えて、と言いながら。










2009/10/17 meri.























あとがき

ちょっとあとがきを書かせてください。
セフィクラを書こうと思っていたんです。
せつないセフィクラを書きたいなと思っていたんです。出来上がったのがこの代物です。
セフィロスとクラウドの接点を考えていたら、こんなものが出来上がってしまったのです。

セフィロス→英雄
クラウド→一般兵

この二人に接点はあるのだろうか?と考えましたが、私の頭には浮かびませんでした。
なので、クラウドの頭に着目しました。
いざ書き出してみると、なんだか本来の方向を見失ってしまいました。
こんなのせつなくない!こんなのセフィクラじゃない!ていうか別にそんな絡んでないし!
そういった感想を抱かれる方もいらっしゃると思います。
私もこの小話からせつなさは微塵も感じません。自分の頭に対するせつなさだけが残ります。

ですが、書いていてとても楽しかったです!
ザックスみたいな友達がいたらいいなあ、とか、クラウドが素直になったら絶対かわいいだろうなあ、とかいろいろ考えて書きました。
セフィロスは最終的にああいう風になってしまったけれど、ザックスに僅かながら救われていたところもあったのではないのかな、と思います。

もし次回、セフィクラを書くことがありましたら、もう接点があるかないかは考えずに、好きなように書こうと思っています!
ここまで読んでくださってありがとうございました!




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