ここに私は不釣り合いだといつも思う。
プレートによって日光は届かないというのに、ここは明るい。
床の軋む音、花を育てるエアリスが振り返る。
そして私の顔を見ると、眉を寄せて溜息混じりに言う。

「また来たの?」
「仕事なのでね」
返すと、エアリスは大きく溜息をついて作業に戻った。
ツォンの足下には土があった。エアリスの手は汚れていて、その先には黄色い花がある。
「咲いたんだな」
「あなたは馬鹿にしていたけど、咲いたわ」
背を向けて答えるエアリスに、ツォンは目を細めた。
仕事でここを訪れる。仕事で彼女を偵察する。彼女は古代種、約束の地に我々を導いてくれるから。

「エアリス、あの話は――」
「行かないわ」
即座に入る返答に、ツォンは溜息をついた。
「どうしてだ?最高の生活を我々は提供しよう。そうだ、花を育てるのに最高の環境も与える。君の親も一緒に・・・」
「行かない」
行かないったら、エアリスが繰り返す。立ち上がり、ツォンを鋭い目で見た。
その目には侮蔑の色がある。穏やかな空気が流れる場所に、それは不釣り合いだ。血の香りがする私も。

一つ息を置いて、口を開く。
「やはり私は不釣り合いだ」
エアリスが訝しげな目をツォンに向ける。
「教会に、不釣り合いだと。君も思うだろう」
背を向けたまま、エアリスは何も答えない。
傍らにある種を埋める。また新しい花を育てようとしているのか。そのほとんどは枯れてしまうというのに。
ツォンは自嘲気味に笑って言った。
「じゃあな、エアリス。また来る」
「もう来なくていい」
すかさず言うエアリスの言葉に笑う。これが合い言葉のようになっている。
エアリスの言葉は本心だろう。胸が軋む。黄色い花が目に入った。

彼女は1ギルで花を売るのだ。懐から財布をとりだして言う。
「エアリス、その花を買おう」
「あなたに売るような花はないわ、ツォン」
背を向けたまま、エアリスは花に手を差し伸べていた。
白い手を汚し、細い腕で肥料を運ぶ。その花を1ギルで売り、生活の足しになるものか。

「そうか・・・じゃあな」

いつものように扉へ向かう。昔は均等に並べられていたであろう長椅子は滅茶苦茶になっていて、床の木材は腐っていた。
腐ったところを踏めば崩れてしまう。慣れない頃は、腐った木材を踏み足がはまることがよくあった。
今はそんなへまはしない。腐れているところを避けて歩いていると、呼び止められる。

「ツォン」

名を呼ばれて振り返ると、目の前に黄色い花が一本あった。
「特別よ、もうやらないから」
花からは甘い香りがした。それを受け取り、財布から札を数枚取り出して無理矢理握らせる。
「貰えないわ!」
「勘違いするな、私が以前壊した床代だ」
足下を指さす。そこは以前足がはまったその時のままだった。穴が空いている。
「いらないったら。修理するから」
「君のその腕でどうやって修理するんだ?木はどこから調達する?下手な嘘はやめろ」
ぐ、とエアリスが黙る。ツォンは財布を懐になおして背を向けた。

「ツォン!」
「また来る。それまでに直していてくれ。もう足がはまるのは嫌だからな」
扉までゆっくり歩いた。エアリスが追ってくる気配はない。きっと今度訪れるときに無理矢理返すのだろう。いつもそうだ。








教会の扉は所々剥がれ、閉まらなくなっていた。
先程買った花を取り出し、香りを嗅いでみる。
もうやらないから、と言うエアリスの顔を思い出す。
「ツォンさん、頬が緩んでますぜ、と」
聞き慣れた声がして見てみれば、扉の影にレノの姿があった。にやにや笑って、ツォンの手にある花を見る。
「取ったんですか、と」
「そんなことはしない。我々に協力してくれる可能性が低くなる」
「その可能性はゼロでしょう、と」
けらけら笑って、レノがツォンの先を行く。

「・・・仕事はどうした」
「ツォンさんを迎えに来るのが仕事です、と」
煙草を吹かしながら笑う後ろ姿、足下に散らばる金属の破片。それを蹴ると、乾いた音がした。
「こっぴどく振られて凹んでるんだろうと思ったんですけど・・・」
足を止めて、振り返る。にやにやしたまま、ツォンの手にある花をちらりと見て
「・・・辛く当たられるのは俺なんだよなあ、と」
「何か言ったか?」
背後の声に首を振り、ああ、と顔を上げる。
「いや、さっさと帰りましょう。早く帰らないと・・・」
胸ポケットから携帯用のラジオを取り出す。スピーカーからは雨を告げる女性の声。
『一部地域では午後から大雨の恐れが――』
そこでスイッチを切り、頭上を仰いでレノが鼻で笑った。
「雨はここは関係ないな、と」
手を横に振って、いつものようにポケットに手を突っ込む。
レノのいつもの行動を見て、教会を振り返る。雨漏りによって床がくされるか、面倒な水やりを省くことができるのか。


「・・・どちらがいいのか」


ツォンは小さく笑って、花を優しく撫でた。







05/8/14 meri.





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