それは何千年も、何億年も昔のことに感じられた。 目の前の人物が、俺の名前を優しく呼んだことは気が遠くなるほどはるか彼方の出来事に思えた。 クラウド、と。名を呼んだ唇で瞼を優しく閉じてくれたこと、たくましい体とは真逆の細くしなやかな指で頬を撫でられたのはいつの事だっただろうか。 「クラウド」 奴が名を呼んでいる。声も姿も変わらない。ただ変わったのは、俺たちの関係だ。 もう元には戻れない。あの頃には戻れない。 あんたは狂気の海に沈み、俺が嘘と偽りの衣を纏った瞬間に全ては終わったのだ。 「セフィロス」 剣を構え名を呼んだ。初めて奴が目を細め、表情を変えたがすぐに無表情になった。 「あんたを止めることができなかった」 俺の言葉に口端を歪め、セフィロスは嘲笑した。 「私を止める?人形であるお前が私を止めるだと?」 口元を抑え、腹を抱えてセフィロスは笑った。この世の果て、漆黒の闇に狂った笑いは響いた。 ややあって、セフィロスは笑うのを止めるとまた俺を見つめた。 強く握りしめた剣を振りかざし、俺は走り出した。迷いも躊躇いも、何もなかった。 視界がぼやけたのは、過去があまりに眩しかったから。 2006/08/25 セフィクラはあまりにも残酷 |
おっちゃんの左目には、傷跡がある。眉から頬まで、剣で斬りつけられたような傷跡。 おっちゃんは過去のことをあまり喋らないけれど、あたしはおっちゃんの過去に興味がある。 おっちゃんは難しい顔をして、何かを考えているようだ。 ううん、おっちゃんはいつも難しい顔をしている。 旅行公司のロビーにあるソファー。二人掛けのソファーに座っているおっちゃんの隣にあたしは腰を下ろした。お尻が沈み込んで、思わず肘掛を掴むと、おっちゃんの服も一緒に掴んでしまった。 おっちゃんは少し、驚いた表情をした。あ、珍しい。ちょっと嬉しくなって、あたしは笑いかけてみたけれどおっちゃんは黙ってまた、そっぽを向いてしまった。 「このソファーさ、すっごいふかふかしてるんだね!モンスターの革なのかなァ、捨てたモンじゃないね!あ、でもでも、あたしはモンスター嫌いなんだけどね、えへへ」 あたしの能天気な声は、ロビーで控えめに流れている女性の曲に溶けて消えた。 カウンターにいるアルベドの女性店員は、面白そうにあたしとアーロンを見ている。おっちゃんは、あたしを徹底的に無視してテーブルを見つめていた。 テーブルには何もないというのに、おっちゃんはずっとテーブルを見ている。 「ちょっと。若い女の子が話しかけてあげてるんだよ、おっちゃんに!ちょっとは言葉をかけてくれたっていいんじゃないの?リュック、今日は可愛いね、いつもだけど、とかさ」 おっちゃんのセリフであるところは、声色を変えて言ってみた。 おっちゃんは、うざったそうにあたしを見た。存在を認めてくれただけで進歩だろうか。 「おっちゃんはさ、いっつもアンテナびんびんにしてるのに、今日は全然だね」 あたしの言葉に、おっちゃんはテーブルを見つめたまま「アンテナ?」と尋ね返した。 「うん、だって、いつも人の気配に敏感じゃない?今日のおっちゃんなんか変だもん。あたしが側にきても見向きもしなかったし」 おっちゃんはテーブルを見つめて、ただ黙っていた。 いつものおっちゃんなら憎まれ口の一つくらい叩いてもいいはずなのに。あたしは少し不安になって、でも何もできなくて、ソファに深く腰掛け背もたれに体を預けた。 「今日は、特別な日だからな」 「特別?」 おっちゃんが何か糸口になりそうなことを言ったので、あたしは体を乗り出しておっちゃんの顔を覗き込んだ。おっちゃんはあたしを一瞥して、またテーブルを見つめた。 「あいつと初めて会った日だ。いつもは感傷に浸ることは無いが、今日は特別だな」 目を細め、おっちゃんは過去を見つめていた。 あたしは気づいた。きっと、あいつとはジェクトさんとブラスカ様のことだ。 今日は、ザナルカンドで目と鼻の先にシンがいた。それはジェクトさん。あたし達はシンを倒さなくちゃいけない。おっちゃんは率先してあたし達を引き連れていくけれど、やっぱり辛いんだ。 「おっちゃん……」 「お前がそんな顔をするな」 おっちゃんはあたしの額をぐいと押して、ソファーの背もたれに体を押し付けた。おっちゃんの手は大きくてごつごつして、胸がじんとした。 「お前に話しても、どうにもならないことなのにな」 「そんなことないよ!」 思わず大声が出た。ロビーにあたしの声は響いて、他の旅行客が怪訝そうに振り返る。 ここにティーダ達がいなくてよかった……と思いながら、あたしは一つ咳払いをしておっちゃんに向き直った。 おっちゃんはあたしをじっと見ていた。あたしはそれに驚いて、思わずのぞけってしまった。あたしの口からは「ああ」とか「うう」とか間抜けな声しかでなかった。おっちゃんは容赦なくあたしを見つめたかと思うと、今度は口を押さえ俯いた。 おっちゃんの顔はみるみるうちに赤くなった。肩は震え、苦しそうだ。あたしはおっちゃんの肩に手を置いて、背中をさすった。 「おっちゃん、大丈夫?部屋に戻ったほうが……」 顔を覗き込んで、あたしは「ああ!」と声をあげた。周りの旅行客がいっせいに振り返ったので、あたしは縮こまりながら、拳でおっちゃんの背中をぽかぽか叩いた。 「酷い!おっちゃん、あたしの反応見て笑ってる〜!酷い!」 声を潜め言う。 おっちゃんは笑っていたのだ。それはもう、顔が真っ赤になるくらいに!口を押さえていたのは声が漏れないためだろう。 おっちゃんは大きく息を吐いて、額に手を当てて尚も笑っていた。今度はあたしの顔がみるみる赤くなっていくのが分かった。きっと、焦るあたしが面白かったんだ。あたしを子供扱いして! 体をソファーに沈ませて、あたしは腕を組んでおっちゃんを見た。おっちゃんは顔を上げて、あたしを見た。顔の赤みは引いていた。しばらくあたし達は見つめ合っていたと思う。おっちゃんは物珍しそうに、まるで初めてアルベド族を見たかのような瞳であたしを見て、あたしは動揺を悟られないように必死だった。 「お前は不思議な奴だな、リュック」 一瞬、おっちゃんがひどく優しい目をしたような気がした。一度瞼を瞬かせると、おっちゃんの瞳はいつもと変わらぬ冷静な瞳になっていた。 おっちゃんに名前を呼ばれたのは、ガガゼト山以来だ。ワッカと口論になったとき、あたしを助け出すように呼んでくれたと思うのはおこがましい考えだろうか。 だけど、名前を呼んでくれたのはその時だけ。それからは変わらず「お前」とか「おい」とか、そういう言葉でしか声をかけてくれなかった。 「もう寝ろ。明日は早い」 おっちゃんは言って、腰にぶら下げている徳利をテーブルにどんと置いて、夜酒を始めた。 あたしの存在は徹底的に無視で、なにもいえない雰囲気がそこにあった。おっちゃんとあたしの間に、決して超えることのできない壁があった。 「……おやすみ」 あたしの言葉におっちゃんは一度だけ頷いた。本当は、おっちゃんの話をもっと聞きたかった。はぐらかされたような気がする。きっと、あたしがどう足掻いてもおっちゃんの深いところには触れられないんだ。 そう思うととても悲しくなって、それと同時におっちゃんの優しい瞳を思い出した。ひどく優しい瞳。ほんとうに、酷い。変に優しくして、そして冷たくして。廊下を歩きながら、あたしはどんどん寂しくなった。おっちゃんがとても遠いところにいるように感じた。 そして、あたしは急に気づいたのだ。 おっちゃんの心のかさぶたにあたしは触れられない。それどころか、垣間見ることもできないということに。 2006/10/05 リュアロ。私はリュアロリュ(なんだこれ!)が好きだとこれを読み返して思った。長くてごめんなさい。 |
ねえ、おっちゃん。お話あるんだけど、聞いてくれる? あっ、今すっごい嫌そうな顔した!ろくなこと言わないだろって思ってるんでしょ!?………。頷かないでよ!ひっどーい!! ……気を取り直して聞くけど、おっちゃん、ワッカと私が喧嘩したとき、庇ってくれた?ほら、あたしのアニキが来て、あたしがアルベドって分かったとき。そしたら、おっちゃんリュック、ってあたしの名前呼んでくれたでしょ?ずっと考えてたんだ。もうすぐシンを倒しちゃうから、今聞いておこうと思って。 「さあな」 ひとこと、おっちゃんは言った。 短い言葉の影にある、優しい気持ち。 最初は、すっごく怖いおじさんだと思ってたの。だって、見た目からして怖いもの。ほんとは、とても優しい人なんだよね。 「可愛いね、おっちゃん」 あ、口に含んでたお酒噴出した。汚いなァ。ほら、咳き込んでる。顔が真っ赤なのは咳き込んでるせいかなあ。 でも、そんなギャップが大好き。 年の差なんて関係ない、なんてよく言うけれど、あたしとおっちゃんの年の差って犯罪の域だよねえ。あたしが大人になれば、大丈夫だね。おっちゃんはきっと嫌がるだろうけど、その頃にはきっといい女になってると思うのよ。 「ねえ、おっちゃんは可愛い系が好き?」 「は?」 「あっ、それともお姉系?意外とお嬢系なのかな!」 「……おい」 「でも、おっちゃんとはお姉系が似合いそうだから、ルールーに聞いてくる!」 「………」 2006/12/24 FF]リュアロ クリスマスっぽく書いてみたけどダメだった。というか意味分からない。 |
「ツォンさんには好きな人がいるんだぞ、と」 嫌らしく、ゆっくりと言葉を言い、にやにやと笑う俺の表情にイリーナは眉を顰めた。マグカップを両手で握り締め、イリーナは俺の言葉に耐えているようだった。大きな瞳が揺らぐ。俺の瞳を見ているが、考えているのはツォンさんのことかと思うと、自嘲の笑みしか出なかった。 いつもイリーナはコーヒーを飲む。 私はブラックコーヒーはダメだけど、ツォン先輩はブラックコーヒーが好きだから、美味しく淹れる練習をしているんです。と、頬を赤らめ俺に語ったのはいつだっただろうか。 そんな練習をしたって無駄だと言っても、いいんです、と一言言うだけだ。 今日みたいにツォンさんがオフィスにいない日は、その顔いっぱいに「残念」という表情を浮かべうなだれる。俺がいない日はそんな表情しないくせに。 「そんなの知ってます」 イリーナが小さな声で反論した。 「振り向いてくれるまで待つのか、と」 「先輩には関係ないじゃないですか!!」 俺を睨みつけるが、全く怖くない。タークスだというのに緊張感のまるでないイリーナを常日頃見ているからだろうか。クラウドにセフィロスの行き先を教えたり、休暇だというのに暴走したりと、俺達の足を引っ張るイリーナ。 彼女は俺から顔を背け、給湯室から出て行こうと歩みを進めた。彼女の背中に最後の言葉をかける。 「そうやって、傷ついたふりをして逃げるのか、と」 イリーナの動きが止まった。 「楽だろうな。傷ついたふりをして、何も言わずに逃げるのは」 目を細めてイリーナを見つめる。お前はきっと泣くに違いない。お前は本当にくだらないな、イリーナ。 イリーナは俺の言葉が終わったのと同時に、逃げるように給湯室から出ていった。 足音が徐々に遠くなり、聞こえなくなった。 一人給湯室で、タバコをつける。オフィスでは禁煙です!と注意するイリーナを思い出して、一人笑う。 憂いの表情を浮かべるイリーナを見ていると、いらいらする。ツォンさんはお前なんかみていない。ツォンさんが見ているのは古代種だ。お前がツォンさんにプライベートでコーヒーを淹れることなど永遠にないんだ。それだというのに、お前はコーヒーを淹れる練習をするのか。何度、頬を赤らめツォンさんの話をするのか。 「くだらないな」 呟いて、白い吐息を吐いた。 淡い期待を持っているのは俺も同じということは、とうに気付いているさ。 2007/1/7 レノイリ 意地悪レノ。こういう意地悪大好きです。 |