あのころ 母さんと名前を呼んで手を伸ばせば、その手に触れることができた。 お母さんと泣き喚くと、困ったように笑いながら母は小走りで駆け付けてくれた。 「また喧嘩?だめね、仲良くしないといけないのに」 咎めながらも、頭を撫でる母の手つきは優しかった。 そんな母が大好きで、そんな母が倒れるだなんて一体誰が予想しただろう。 きっと、その兆候はあったのだ。それだというのに、あの頃の俺達は気付かなかった。 そして手の内にあった錬金術、人体錬成。それを使わずにはいられなかった。 小さな両手から水のように溢れ出たそれは、腕を伝って足下に落ち、一瞬にしてはじけ、そして消えた。 神の真似事をしたのがそもそもの間違いだった。 母の死を受け入れていたら、師匠の言いつけを守っていれば、違う未来があったのだろうか。 遅い。何もかもが遅すぎた。 泣いても喚いても、手を伸ばしても、困ったように笑うその人はもういない。 お母さん、声を出そうと口を開けば、風が口を塞ぎ、遠くで誰かが笑ったような気がした。 |
いっそ潰してくれればよかったのだ。あのとき、いっそ粉々に握り潰して。 それは遠い夏の日のことだったと思う。 そいつと初めて会った日は、外で蝉がやかましく鳴いていた。 ここに自分は確かに存在していた、だれか気付いてくれという叫び声に聞こえた。 黒の目で、俺の瞳に火をつけた。まるで恋のように、その目は真っ直ぐに俺を見ていた。 ずぶりと、何かが俺の足を捕らえ、ずぶずぶと暗闇へと沈む俺に手を伸ばした男。 その気持ちに今更気付く俺は、まるであの蝉のようだ。 確かにここに俺は存在していた。だから覚えておいて、決して忘れないで。 声高に叫んで、身を焦がす炎に包まれ消えてゆく。 いっそ潰してくれればよかったのだ。あのとき、いっそ粉々に握り潰して。 1/13 鋼 ロイエド |
きみと見た空の色さえまだ忘れられない。 例えば、空の美しさとか、萌える花とか、人々の笑顔を、一つ一つ、大事にしていられたら。 そうすれば、きっと世界を大事に出来るのにと言う君を、僕はぼんやりと見ていた。 前をゆく君は、空をよく仰ぐ。届かぬ空に、腕を伸ばす。まるで許しを請うように、届かぬ空に手を伸ばしては溜息。 僕等はいつもそうしていたというのに、君はふいに姿を消した。 君はボンネットへ消えて行き、僕はついに一人になった。そうして君の存在を愛おしく思うのだ。 もういない君を。白い煙となって、焦がれていたあの空へと気持ちよさそうに登っていった君を、愛しく思う。 煙突から登る白い煙を、恨めしい気持ちで見上げる。空は青空で、そこで君は笑っているのだろう。 ほら、空はこんなに綺麗じゃない。世界はこんなに綺麗じゃない。 君の声が耳元で聞こえ、僕は初めて涙を流した。君が羨ましいよ。君はそこで走り回っているんだろう? 僕も連れいっておくれよ。 小さく呟く声に、風が答えた。 いやよ、あなたはそこで私を見ていて。 私はここで元気よく走り回り、あなたがお爺さんになって空に来るのを待っている。 唄う風にのせて、君の声が確かに聞こえた。 あれから時が経ち、僕には子供が出来た。 そうして君と歩いたあの道を一緒に歩く。手を繋ぎ、畦道を行く。 幼き君よ。空の美しさ、萌える花、人々の笑顔、すべてを大事に思い生きろ。 そうすれば、この星はもっと輝くことだろう。簡単に見えて、とても難しいことだ。 目線を合わせ語る僕に、幼い君は首を傾げる。 分からない。だけど、花は好きよ、お父さん。 そうか、と言って頭を撫でる。そうして、空を見上げる。 あれから色々あって、色々なことを忘れてきたが、君よ。 君と見た空の色はまだ忘れられない。 1/20 オリジナル |
誰かといた痕跡なんて、そんなの知って嬉しいわけがない。 タイトルをクリックしてください。(同窓) 1/24 レノ→イリーナ→ツォン |
狂うように、静かに死んでいけたら。何度そう願ったか知れないのに。 三百年間生きていたこと、人を殺したこと、命を喰らうこと、それを覆い隠し、俺はこうして笑っている。 光が俺を照らすほど、俺の罪は色濃く地面に影を落とす。自分の汚らしさに泣きたくなる。 ロト、お前は言うならば光だ。お前は死体を見たことがあるか?ないよな、なぜならお前は真っ白だからだ。 だから、時々お前を滅茶苦茶にしたくなる。 踏み荒らされていない真っ白な雪に自分の足跡をつけたくなるような、そんな感情を覚えるんだよ。 こうやって笑顔で笑っているが、ロト。お前の友達はろくでもないんだ、だからもう俺に構わないでくれ。 だけど、一人は淋しいと泣く俺もいる。三百年生きてきた中でできた、初めて友達、ロト。 お前のことが大好きで、大切にしたいと思ってる。 だけど、お前が側にいると俺は泣きたくなるんだ。お前の側にいると、罪の意識にさいなまれるんだ。 狂うように、静かに死んでいけたら。何度そう願ったか知れないのに。 2/5 幻水 テッドと坊ちゃん |
君の世界がこうして終わってしまっても、僕の世界はずっとずっと続いていく。 色々なことを、考えていたんだ。 あんたがどうやって笑ってくれるかとか どうやったら、あんたを傷付かせることなく接することがでくるのだろうとか、くだらないことばかりを考えていた。 だけど、何もかもが遅すぎたんだと今更気付く。 死に際で微笑んだあんたは、一体何を考えていた? 頭上から舞い降りるセフィロスに、自らの最期に気付いていた? 腕の中のあんたに尋ねるが、あんたは口元に笑みを称え目を瞑ったままだ。 『全部終わったら、また、ね』 あんたの言葉を思い出す。夢の中で言った言葉、全部とは、一体なんだ? セフィロスを殺すまで?星を救うまで?俺が星に還るまで? 俺は一体どうすればいいんだ。なあ、エアリス。 君の世界がこうして終わってしまっても、俺の世界はずっとずっと続いていくというのに。 2/8 クラウド→エアリス |
この想いは、恋じゃない。恋であるはずがない。恋であってはならない。 黒い闇が私に襲い来る。腕をつかみ、底知れぬ闇へと引きずり込まれる。 そのとき見える、微かな光、小さな手。 掴んだその手は柔らかく、空から零れる太陽の光のように暖かい。 まぶしい太陽の下笑う少女、しなやかな肢体、はじける笑顔。 暗闇にいる私を引っ張り上げる、その非力な腕。 棺の中では感じることのなかった温もり、感じることもなかったであろう暖かい感情。 彼女は私を好きだと言う。ヴィンセント、と薄い唇で名を呼び、大きく手を振る。 私は一体どうしたのだろう。 少女の告白に首を横に振り、悲しい笑顔を見たというのに、私のこの気持ちはなんだ? 太陽の光に反射する水のように、きらきら光る少女に対する私のこの気持ちはなんだ? 傍らの影が友のように肩を抱く。 「あれを忘れたのか?臆病者のヴィンセント。卑怯者のヴィンセント。 お前一人、幸せになれるとでも?」 耳元で囁く言葉に首を横に振り、少女を見据える。 陽の光が届かぬ底辺にいる私に差し伸べられるお前の掌は、とても残酷だ。 お前の手は優しく、哀しくなるほどに暖かい。 棺に置いてきたはずの心が胸でうずく。 声を上げて悲鳴をあげている。声高に、少女に向かって。 違う、この想いは、恋じゃない。恋であるはずがない。恋であってはならない。 2/18 ヴィンユフィ |
ぎしぎしと こころ が軋むような。 金木犀の香りに哀しくなる。鼻がつんと冷たくなって、目の奥がそれに連鎖するように痛む。 「どうしてだろう。金木犀の香りを嗅ぐとね、寂しくなる」 私の小さな声に、隣の人がああ、と声をもらした。やわらかい風が頬を撫で、私の傍らを過ぎていく。 「金木犀は、忘れられたくないのかもしれない」 突然の言葉に、隣の人を見上げた。この人は背が高い。いや、私の背が低いのだ。 その人は白く薄い長袖にジーンズ姿の、ラフな格好をしていた。黒髪が風に揺れる。 「悪いことは、ずっと覚えているだろう?悲しいかったこと、苦しかったこと、悔しかったこと。 金木犀は、忘れられたくないから君に寂しい思いをさせるのかもしれないね」 金木犀を見上げ「僕もそうだ」と呟いた。 私はなにやら腑に落ちなくて、大げさに溜息をついてみせた。隣の人が金木犀から私に視線を移す。 そう、これを望んでいた。 「それじゃあ、私もあなたに嫌な思いをさせたら、私を忘れないでいてくれるの?」 その質問に、その人は答えない。ただ、困ったなあ、と言うように笑って、私の額をこずく。 ああ、いっつもこうだ。いつものようにこずかれた額を手で覆って、拳で胸を軽く叩く。 痛いよ、と言いながらその人は笑う。 私もつられて笑ったけれど、胸は悲しみで満ちていた。 まるでこの人は金木犀のようだ。この人を見るだけで、私の胸は苦しくなって、鼻がつんとする、寂しくなる。 この人は私に切ない思いをさせて、私はあなたをきっと忘れないだろう。 あなたは私のことは忘れてしまうのに、私はあなたを忘れられないなんて。これほど悔しいことはない。 顔を見られないよう、背後からそっとその人の手を掴むと、その人は私の指に手を絡ませた。 それと同時に金木犀の香りが強くなり、私の胸は余計苦しくなった。 ああ、それはまるで、ぎしぎしと、 こころ が軋むような。 2/23 オリジナル |
大切な人と側にいたい。ただそれだけだった。そばにいたいだけだった。それ以上は望まなかった。 シンを倒して、私のナギ節をスピラの人々に。少しでもいい、心からの安息を、花のような笑顔を──。 そう願ってた。そのためになら死んでも構わない。だから私は召喚士になった。 人々の反対を押し切り、辛い試練も甘んじて受けた。そしてキミに出会った。 千年前に滅んだザナルカンドから来たというキミ。ザナルカンドエイブスのエース。 目を輝かして語るキミを好きになった。召喚士なのに恋をした。 恋は悲しいね。胸がぎゅ、と切なくなるよ。それと同時に、胸はぽかぽかと暖かくなる。 キミはいろんな感情を私に植え付けてくれた。 キミも同じ気持ちでいてくれたというのに、別れはあまりにも突然で、キミは笑って別れの言葉を口にした。 私にできることはなに?彼を抱きしめること?泣き喚いて彼を引き止めればよかった? ねえ、お父さん。私は何がしたかったのかなあ? 海に向かって指笛を鳴らしても、応えてくれる人はもういないよ。 どうしてかな。神様がいるのだとしたら、私の願いはいつも聞いてくれないね。 大切な人と側にいたい。ただそれだけだった。そばにいたいだけだった。それ以上は望まなかった。 2/27 ユウナ→ティーダ |