ねえ、おっちゃん。アタシ、おっちゃんに何かしてあげれたかなあ。
誰もいない広場に一人立ち、リュックは悲しい気持ちになった。
ここはエボン・ドーム。2年前、ここでユウナ・レスカを倒し、アタシ達はシンを倒す術を失った。
皆の気持ちは一緒だった。悲しみの連鎖をここでとめる。シンのいるスピラはこれでおしまい。

『これからはね、みんな幸せになれるの。私たちが究極召喚を使わずにシンを倒したら、永遠のナギ節が待ってる』

ユウナは自らに語りかけるようにアタシに話した。アタシもそれに頷いて、頑張ろうね、と話した。
ここには誰もいないよ。もう、誰もいないの。太陽の笑顔を見せる人も、冷たい態度の裏に隠れている優しさを併せ持つ人も、みんな消えたよ。
アタシは一人ここで悲しみに耐えている。伝えられなかった言葉を一人噛み締めて立っている。

ティーダのスフィアを見つけたのは、一年ほど前のことだった。
本当は、ティーダらしき男が映っているスフィア。鉄格子を掴み、スフィアに向かって叫んでいる。
知らぬ女の名前だった。それをユウナに見せたとき、ユウナは嬉しさと訝しげな表情でスフィアを睨むように見つめていた。
ティーダを探そう、ティーダじゃないかもしれないけど、ずっとビサイド島でじめじめと暮らしているよりいいよ。またスピラ中を旅しよう。
この説得に半年ほどかかった。半年でやっと、ユウナを頷かせることに成功したのだ。
ティーダを探し出したいのもあったが、本当は別の意味もあった。
おっちゃんもいるかもしれない。おっちゃんの映ったスフィアがあるのかもしれない。
ティーダのスフィアもあるんだ。おっちゃんのスフィアも探せば……そう思ってのことだった。


あの頃、アタシ達が長い時間と悲しい出来事を乗り越えて辿り着いたザナルカンドは、、今や格好の観光地となっていた。
シンがいなくなり、機械を使ってはならないというエボンの教えは消えた。今までの行いの結果だ。
人の順応能力とは凄いものだと、この2年間の間で強く思う。
以前まではアルベド族というだけで眉をひそめ、白い目で見られていたのに、今はアルベド族と聞けば、新作の機械や、メンテナンスの仕方を聞いてくる。
そして彼らはアタシ達に礼を言う。あなた達のお陰で便利な生活を送れるようになったと。
それはとても嬉しいことだが、やはりどこか腑に落ちない。
難しい顔で考えていると、パインに笑われた。素直に喜べ、と頭を小突かれる。


ザナルカンドの奥へ足を運べば、エボン・ドームが見えてくる。さらに奥へと進めば、ユウナレスカと戦った広場だ。
ユウナとパインから離れ、無線のスイッチもオフにした。誰にも邪魔されたくない空間だった。
ここで見た10年前のアーロン。その時、ここにいた何人の仲間がそれに気付いただろうか。

全てが終わった後、ルールーが呟いた。
薄々、気付いてはいたのよ、と。
アタシは何一つ知らなかった。ティーダと相談もしたことがあったのに、おっちゃんとはティーダの次に仲がいいと思っていたのに
アタシは何一つ知らなかった。ただへらへらと笑い、早くシンを倒したいとティーダに語った。
その言葉にティーダは笑った。そうだな、と笑って答えた。心の底からの言葉のように思えたし、ティーダもそれを望んでいるものと思っていた。

だけど現実は違った。
シンを倒したとき、アーロンは消えた。
地面に突き刺した大剣は持ち主が消えたというのにそこに立ち、持ち主を失ったサングラスは軽い音を立てて地面に落ちた。
現実を受け入れることができなかった。何が起こったのか理解できなかった。
「来るぞ!」
ティーダの言葉に振り返る。そこではっとした。ティーダも消えてしまう。直感だった。
そしてティーダも消えた。その日、アタシは大切な人を二人も失った。
違う、失ったのではない。あるべき場所へ帰ったのだ。




この広場で気付いていれば、もっと早くに気付いていれば、アタシはおっちゃんに思いを伝えられただろうか。
この思いは確かだった。きっとアタシは好きだった。
「心の準備ってもの、あるでしょ。おっちゃん」
一人呟いた言葉は、地面に落ちて消えた。
アタシは一人ここで何をしているのだろう。
おっちゃんの手がかりという手がかりも見つけられぬまま、ただスフィアハンターとしてスピラ中を飛び回って、一人感傷に浸っているなんて。

「おっちゃんのいけず。ばか」

足元にある石ころをこつんと蹴って、うずくまる。
膝に顔を埋めて、声を殺した。
目を閉じて、過去を振り返って、想像して。
あの姿を。あの背中を。あの表情を。あの声を。




目を閉じればいつでも会える。
あの大きな背中に。いつか触れたいと思っていた頬に。耳元で囁く低い声に。
手を伸ばしても届かぬ背中、見えぬ笑顔。
今は涙を流すこともなくなった。アタシは強くなった。けど、おっちゃんのことを思い出しては悲しくなるよ。

こんな姿見られたら、きっとおっちゃん、笑うよねえ。
何やってるんだ、って言って、理由を話したら鼻で笑うよね。
ねえ、おっちゃん。
笑ってくれてもいいよ。今は何されたって怒らない。
命令も、なんだって聞いてあげる。
雷平原、ちゃんと越えられるよ。まだ雷は怖いけど、サンダーも使えるようになった。
頭を撫でて、って言ったら、撫でてくれるかなあ。
頭を撫でてくれなくても、その笑顔を見せてくれればそれでいいよ。
姿を見せてくれればいいよ。声を聞かせてくれればいいよ。おっちゃんを感じさせてくれればいいんだよ。
このどうにもならない感情に答えてよ。ここにいるよと存在を示してよ。

そしてアタシの前に姿を現してよ。アタシの名前を呼んでよ。リュック、って。一度でいいから、それが最後でも構わないから。
お願いと口に出して顔を上げる。やはりそこには何も無く、ただ星のように幻光虫がふわりと飛んでいるだ。
もう誰もいない。何を言葉にしても、どんなに思いを募らせても、それは幻光虫のようにふわふわと飛んでは消える幻だ。
だけど会いたいの。アタシの思いを伝えたいの。もうどうにもできない、この感情を誰かせき止めてくれればいいのに。
行き場のない感情に一筋の涙。

遠くに見えるは彼の姿。






ああ、赤の残像が、目にちらつく。






2006/4/30 meri.













inserted by FC2 system